9-1 勇者教会の密偵

 嘆きの都フーリュネ──食堂街、大聖堂。


「マリゼラース様、グラスヘイムにいる密偵から書簡が届きました」


 伝令が入ってくる。

 円堂の中央でマリゼラースは振り返った。


「グラスヘイム? 何故あんな腐敗した街に」

「わかりません」

「読み上げなさい」

「はい──“ベルの町の珍事、サンドワーム襲撃と腐敗の粘液の消失に関わった少年、また先日グラスヘイムで発生した罹患者コロシアム会場における腐敗の爆発の原因である少年、また同地において発生した瓦礫の巨人、通称ゴーレム騒動を鎮静化した少年ですが、いずれも同一人物であり、その正体はマリゼラース様が追放なされたアサヒカワ・チヅル……」


 思わず、といった風に伝令が書簡から顔を上げる。


「続けなさい」


 動揺を隠しきれない。

 マリゼラースは自身の口元を片手で強く押さえた。

 吐き気を堪えるように。


「はい──”アサヒカワ・チヅルでありました。彼は生存しており、どうやら腐敗を吸収したり、生成したりできるようです。いかがいたしましょう。ご命令を”……以上になります」


 マリゼラースは円堂をうろうろする。


「この際」


 立ち止まった。


「彼がどうして生きているのか、どうやってあの旧市街から生きてグラスヘイムへ辿り着けたのかは置いておくとして……」


 またうろうろし始める。


「彼はなぜそのような力を?」

「わかりかねます」

「でしょうね。理解しかねる。困った話です」


 自分の吐き出す言葉を確かめるように。

 マリゼラースは、言葉の度に伝令へ顔を向けては引っこめる。

 顎に手を触れ考えた。


「返答しましょう」

「内容はいかがいたしましょう」

「そうですねえ。駄目元で、彼を連れて帰ってきてほしい、と」

「かしこまりました」

「現状勇者たちは王家の地下牢へ行ったっきり行方知れずです。連絡も取れない。どこで、何をしているのか……捜索するにも腐敗の瘴気が邪魔をして、我々の生身では最初の門までしか近づけません。戻って来ないということは死んだか、生きていても少数でしょう……そうですねえ、うん、そういたしましょう。勇者たちが行方不明であることをアサヒカワさんへ伝えなさい。地下迷宮ダンジョンから戻っていない、と。そこで彼に、勇者たちの捜索と救助を頼めないか、と。腐敗を操れるのなら瘴気に対しても耐性があるかもしれません。いえ、あるはずです、適役です。そう思いませんか?」

「同感です。流石はマリゼラース様、慧眼に脱帽……」

「世辞はいい、早くしなさい」


 伝令は慌てた。

 急いでその場で、床で一筆書きする。


「無理ならそれはそれで構いません。わたしのミスです。まさかあの少年がそんな力を有していたとは」


 たかが円堂へ入ってきた。

 伝令は書簡を鷹の足へ結ぶ。

 鷹が飛び立つ。


「まあ、いいでしょう。駄目なら次の勇者を招来するだけです」


 マリゼラースは鷹を目で追った。





 真夜中。

 瓦礫に押しつぶされる夢を見た。

 それで目が覚める。


 柔軟剤?

 のようないい匂いがする。

 鼻がむずがゆい。


「重い……」


 金縛りかと思った。

 けど声が出る。

 目を開けると……後頭部?

 誰かの頭が見えた。

 びっくりして情けない声が漏れる。

 声が引き攣った。


 昨日、空から女の子が降ってきた。

 彼女だった。

 ぼくの腹の上にいる。

 医務室へ運んだはず。


 彼女は仰向けだった。

 直立の姿勢だ。

 

「あの、何してるの?」


 返事がない。

 

 鼻がこそばゆいのは彼女の髪だった。

 くしゃみが出た。


「ごめん……」






 二度寝して起きたら昼前だった。

 彼女はまだぼくの上にいた。


 横にずらして、ベッドから下りる。

 部屋から出ようとして、手を握られた。

 びっくりした。


「何ぃ……」


 振り返ると女の子も起きていた。

 

 部屋を出る。

 中庭を見ながらしばらく二階の廊下を歩いた。


 女の子がぼくの手を離さない。


「あの、知らないかもしれないんだけど……」


 変わった人だ。


「ぼくの手はその、腐敗があれで……あんまり触らない方がいいよ」


 反応がない。

 表情もない。

 日焼けしたような褐色の肌。

 翡翠色の髪の毛。

 目も翡翠色?……わからない。

 点の目がぼくをじっと見ている。

 ため息が出た。


 彼女について焼却隊の人にでも確認しよう。

 ビアンカさんが一番いい。

 パイロでもいいけど。


 そう思ったのだが──。

 ひとけがない。

 中庭に誰の姿もない。

 ウィケットさんもいない。

 みんな撤去作業へ出かけてしまったのだろう。


 グラスヘイムは復興作業中だ。

 とそこでパイロの背中を見つけた。

 砦の入口から出ようとしている。

「パイロ」


 呼び止めた。

 階段を駆け下りる。


「撤去作業に行くの?」

「おう」

「良かった。ぼくも着いて行っていい?」

「あれ、隊長から聞いてないか?」


 ぼくは首を振った。


「街で腐敗の少年を見たって声があってな」


 パイロが訝し気な顔をして、「昨日の?」と訊いた。

 女の子がぼくの手をずっと放してくれない。


「何で手ぇ繋いでんだ?」

「放してくれないんだ。着いて来るし」

「好かれてんのか?」

「さあ、それはないでしょ。夜中、ぼくの部屋にいた」

「じゃあ好かれてんじゃねえの?」

「どうしたらいい?」

「チヅルが面倒みろよ、撤去作業の現場は人が多い」

「どういう意味?」

「今回の騒動について、市長への説明は隊長が済ませた。すぐに市長から市民へ話が伝わる予定だった」

「だった?」

「問題があってな、キルヒムに罹患者コロシアムの運営を許可したのが市長なんだ」

「へえ」

「そう。でな、ここの市長、市民からの信用が薄いんだ。だから市長から話しても、市民が信じないかもしれないって言うんだよ」

「誰が言ってるの?」

「市長」

「本人が言ったの?」

「おう。だから時期を見て、ビアンカ隊長が市民に話す。それまでの辛抱だ。それが済んだら忙しくなるらしいぞ」

「忙しくなる?」

「罹患者だよ、隔離施設がゴーレムのせいでぶっ壊れちまったんだ。説明が済んだらその人たちの腐敗を除去してほしいって」


 じゃあ、いまは何もしなくていいってことか。

 ひとまず──。


「わかった」

「じゃあそれまでその子、頼むな」


 パイロは行ってしまった。


 ぼくと彼女だけになってしまった。

 彼女を誰かに押し付けようと思ったのに……。


「ねえ、きみ名前は? 歳はいくつ?」


 彼女はまっすぐぼくを見る。

 何も言葉を返さない。


 ぼくのお腹が鳴った。





 瓦礫の撤去作業は始まったばかりだ。

 もうしばらく続くだろう。

 街の半分がゴーレムにやられた。


 何も無い砂色の景色。

 喋らない女の子と二人で歩いた。


 シシケバブ屋を見つけて入った。

 羊や山羊の肉を串に刺し、炭火で焼いたものだ。

 肉のあいだに玉ねぎやピーマンが挟まれている。

 香ばしい匂いがする。

 

「これ食べる?」


 差し出すと奪い取られた。

 彼女はがっついた。

 食べたかったらしい

 食いっぷりがいい。


「すみません。シシケバブもう一皿ください」

「はいよ」


 厨房から返事があった。

 店内は人で賑わってる。

 瓦礫撤去作業中の肉体労働者が出入りする。


「アサヒカワ・チヅル様ですね」


 首の後ろで声がした。

 鳥肌が立った。


「そのままで。わたしは勇者教会の密偵です」

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