8-3 翡翠の女

「“【黴菌拳バイキング】”──!」


 ベルが腐敗の頭で突っ込む。

 ボルトラさんとの距離をもう一度縮めた。


「放っておけ」


 ボルトラさんが言った。

 目がとろんとしてる。

 呂律も怪しい。


「ウィケットさんとパイロが、あなたもいつかは救われるべきだと言ってました」

「お人好しは……幸せにならない。人生とは、捨てることの積み重ねだ」

「あとはウィケットさんに任せます」

「パイロから焼却を学ばなかったのか」


 ぼくはベルの上を走り、ゴーレムへ飛び移った。

 ボルトラさんの体を引っ張る。

 膝から下が岩に埋まってる。


「“【霊巣レイス】”──!」


 手から腐敗の巣を飛ばした。

 足元の岩へ吹きかける。

 岩が泡状になって溶解していく。


 ボルトラさんを引っ張った。


「取れた!」


 と思ったら、


「重たっ……」


 人って、重たい……。

 ボルトラさんと一緒にぼくは倒れた。


「ボルトラさん……」

「悪いが体に力が入らない」


 ボルトラさんはマネキンみたいだった。


「きみの左手が使えれば、どうにかなったろう。すまない」


 ボルトラさんが諦めるように言う。


「逃げなさい。ぼくがこのゴーレムの核だ。ぼくを抜いた、じきに崩れる」

「そういうわけには……」


 右手でボルトラさんの腕を掴む。

 必至に引っ張った。


「ベル、ボルトラさんを受け取って」


 腐敗で足元がすべった。

 それが都合よかった。

 ボルトラさんをゴーレムから滑り落とした。

 それを下でベルがぱくっと食べる。

 ぼくも飛び降りた。


 ゴーレムが崩れる。





 崩れてゆくゴーレム。

 それが遠くに見える。

 ビアンカたちはその真下へ駆け付けるように走った。


「隊長、待ってくださいよ」


 パイロはウィケットの乗る車椅子を押す。


 駆け付けると崩れるゴーレムを背景に、ボルトラが倒れていた。

 目の前に千鶴の姿もある。


「説明しただろ、無駄だと。胴体に腐敗が回っているんだ、ぼくはじきに死ぬ」


 コートのはだけたボルトラの全身に、腐敗の斑紋が広がっていた。


 ビアンカ。

 息を切らすパイロ。

 追いついた車椅子。

 ウィケットがボルトラへ同情的な目を向ける。


「ボルトラを助けてくれたのか」


 ウィケットが自分で車椅子を動かし、千鶴のそばへ行った。


「ビアンカ様……ウィケット……パイロ……」


 ボルトラは一人一人を見た。


「本望さ。腐敗は陛下の……」

「魅了されただけだろ、勇者の力に」


 ウィケットが言葉を遮る。

 哀れむように見下ろした。


 沈黙があり。

 ボルトラは微かな笑い声を上げた。

 認めたように。





 ボルトラさんが激しく咽た。

 血を吐いた。

 ぼくは彼の体を横に傾かさせた。

 血を吐かせた。


 体じゅうに腐敗が回っている。

 彼の体に右手を置いた。


「“【吸喰きゅうしょく】”──!」


 ボルトラさんの全身に広がる斑紋。

 それがみるみるぼくの右手に集まってくる。


 ずりゅりゅりゅりゅ。

 くちゃくちゃぐちゃぐちゃ。

 咀嚼音がする。


 時間はかからなかった。

 すべて吸い取った。


 ボルトラさんの腐敗は完治した。

 それに気づいて、ボルトラさんが愕然とする。

 目を見開く。

 言葉はなかった。


「これが尊いものに見えますか?」


 ぼくは彼を蝕んでいた腐敗──。

 その赤い粘液を見せた。

 ぼくの右手にべっとり付着してる。


 腐敗は人を蝕む。

 あの強いボルトラさんを簡単に弱らせる。

 目は虚ろ。

 呂律もまわってなかった。

 一人で体も動かせなかった。

 取り除けばこの通り。

 目も好きに開けられるし、喋ることだってできる。

 

 右手の腐敗を消した。

 その際、腐敗が一滴だけ、

 ぽとん、と地面へ落ちた。

 落ちた箇所から草花が咲いた。

 タンポポだった。


「──見える」


 ボルトラさんは呟いた。

 呆れた人だ。

 彼の手が動いた。

 タンポポを指差そうとしてる。

 そう思ったら、違った。

 ボルトラさんの指は、上を差した。

 空だった。

 ぼくは見上げた。


 人……?

 背中が見える。

 多分、人だ。

 人が落ちて来る。

 ゆっくり。


 みんな沈黙した。

 ぼくも妙に神聖な気持ちになっていた。


 空から人が降ってきた。

 ぼくは彼女をキャッチした。

 左手の無い腕と、右手で。

 

 華奢きゃしゃな体。

 褐色の肌。

 翡翠ひすい色の髪。


 女の子だった。





 グラスヘイム──。

 瓦礫の陰に身を潜める何者かの姿があった。

 ローブとフードで姿を隠している。


 ビアンカ、ウィケット、パイロ、横たわるボルトラ。

 その中に一人、少年が見える。

 女性を抱えている。

 彼は瞳孔の開いた目で確認した。


「あの少年……」


 彼は、“アサヒカワ チヅル”を見つけた。

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