スーパーのお掃除ロボットが破壊の限りを尽くす夢
買い物に行かないと、と思いながら帰りの電車に揺られていた。
最早思い出せないくらいに色々なことが思ってしまったのだけれど、恐らく文房具を必要としていた。文房具屋ではなく百円ショップに行こうと考えていたので、必要だったのは消しゴムかボールペン一つくらいだった。今更ながらそんなものは大学の購買かコンビニでも買えた。そうしていれば、あんな目には遭わなかったのだから。
家の最寄駅前の三階建てのビルには手芸店やら書店やらがあって、そのどれもがこじんまりとしている。なかなか品揃えは物足りないものだが、駅前という立地もあって客はそれなりにいて、意外にも寂しさは感じられない。件の百円ショップは駅前ビルの一階に店を構えている。この駅は電車のホームが一階、改札口が二階にあるタイプなので、電車を降りた後一度階段を昇ってまた降りる。そして駅ビルの中を通り抜けて一度外に出る。駅前ビルは商店街に面していて、一度商店街を歩いて百円ショップに辿り着く。面倒なことにビルの中からはこの百円ショップには入れないのだ。ただその甲斐あってかこの店舗は大型店で、品揃えが良い。
私が入店したのは二十時三十分。閉店時刻は二十一時なので、ある程度ゆっくり見て回る余裕がある。当初の目的である文房具のことは後回しに、化粧品コーナーや季節の雑貨に目移りする。調理器具コーナーに行けば何やら便利そうなものがたくさん並んでいるが、温泉卵メーカーは果たして本当に必要なのか、食洗機で洗えるのか。
そんなことを考えてぐるぐると歩いていたら閉店間際の音楽が流れ始めた。何人かの客は慌ててレジに向かい、一部のスタッフは店の入り口付近の傘袋の片付けなんかを始めている。スマホの時計を見ると閉店十五分前らしい。当初の目的を忘れまいと文具コーナーに向かう。
結局私のことなので文具コーナーでもシールを物色してしまっていた。手帳に貼り付けるのに良さそうなシールを買おうか買うまいか迷っている。そうこうしているうちに刻一刻と閉店が近付く。
流石に急がなければ、とシールは諦めて筆記具の棚に足を向けたその時だった。
店の電気が消えた。
流れ続けていた音楽も止まり、辺りの空気が一変する。時計を見ると確かに閉店時刻になってしまっている。レジに店員は一人もいない。しかし、いくらなんでも閉店時刻と同時に消灯は厳しすぎるのではないか。それにレジの締め作業もある筈だから、閉店後も店員は残っている筈ではないか。店を出ようにも急な消灯の為目が慣れず転びそうになり、私は暫く動くことが出来ないでいた。
スマホのライトを使えばいいじゃないかと言われるかもしれない。後にして思えば、そうしなくて良かったと思う。暗闇に目が慣れてきた頃、静寂の中に機械音が聞こえた。向こうの棚に動く影が見える。あれは近くのスーパーで働くお掃除ロボットだ。機体の下でブラシが回転して塵をかき集めている。
……百円ショップにこんなお掃除ロボットがいただろうか? 少なくとも営業中に見たことは無い。毎日閉店後に走らせているのか、最近この店舗にも導入されたのだろうか。上にモニターがついていて、猫の顔を表示することで親しみやすくしたデザインだ。その目はキョロキョロと左右に動いている。そういえば、あのタイプは配膳ロボットによく見かけるが、お掃除ロボットで見かけるのは初めてだ。
いけない。そんなことを考えていないで、早く店から出なければ。自動ドアの方に向かって歩く。途中、お掃除ロボットの方を見る。
目が合った。
たまたまモニターの顔が正面を向いた時に私もお掃除ロボットの方を見たのか。いや、そうではない。私はお掃除ロボットが私を捕捉したことを認識する。その不気味さに、私は入り口に向かわず咄嗟に商品棚の影に隠れた。すると、遠くでバタン、と何かが倒れる音がする。恐る恐る隙間から覗くと、お掃除ロボットが棚を薙ぎ倒していた。
成程、あのお掃除ロボットは閉店後に店に残った客を見つけ出す仕事をしているのか。商品棚は押し倒してまで捕捉した客の場所を目指す執念深さ。そんなことを考えている場合ではない。早く店から出よう。お掃除ロボットがこちらに近付く。
私はお掃除ロボットに捕まってはいけないことを察した。あれはまだ客が残っていることを店員に報告する様な生易しい機械ではない。閉園後の遊園地に隠れている子供が連れ去ららてしまうという都市伝説のように、閉店後の百円ショップに居座る客をお掃除するものだ。通常のお掃除ロボットなら人を避けるか「避けてね!」と喋る筈なのに、あれはこちらを見つめたまま商品棚を押し退け、私の方に向かってきている。
入り口を目前に、私は唖然とした。自動ドアの電源が切れている。閉店しているのだから当然だった。下の鍵を開けても指を掛けるところがどこだか分からないので手動でこじ開けることが出来ない。そうこうしているうちにお掃除ロボットはゆっくりと私に近付く。背後と手元を交互に見る間に、ふと自動ドアの向こう側を見た。通行人はこうして慌てる私など見えていないかのように通り過ぎていく。まるで世界そのものが隔てられているかのように、ドアの隙間から声を出しても誰も気付かない。
お掃除ロボットが私から一メートルの距離に来ようかという時、その背後に手が見えた。お掃除ロボットの影に隠れて顔は見えなかったが、私に手招きをしている。
私は咄嗟に横に転がり、お掃除ロボットの横を駆け抜けた。そして手が見えたところに行くと、棚の隙間に私以外の客が一人隠れていた。長い茶髪のお姉さんだった。爪は綺麗に飾り立てられており、いかにもネイルパーツやハンドメイド素材を探しに百円ショップに来ていそうである。
私とお姉さんは言葉を交わさずとも互いの境遇を理解した。正面入り口にある自動ドアからの脱出を試みる私の姿を、お姉さんは背後から見ていたのだ。そしてそれが叶わなかったこともお姉さんは理解している。お姉さんは手短に「あそこから出よう」と、店の奥を指さした。
この百円ショップは一階にあり、駅前ビルからは入ることが出来ないので入り口は一見するとあの自動ドアしかない。しかし奥にはエレベーターがあり、これはスタッフ専用ではなく客も利用可能である。その先は地下一階の連絡通路と地下二階の駐車場に通じている。つまり、あのエレベーターならば百円ショップの閉店後も稼働している可能性が高い。
棚の隙間から様子を伺うと、案の定お掃除ロボットはこちらに向かっている。バタン、と、また棚が倒れた。機を伺う意味も無さそうなので、私とお姉さんはすぐに駆け出した。
店の奥にあるシャッターは鍵を一つ回せば簡単に開けられた。私とお姉さんが通れる最低限の高さに開け、スマホのライトを頼りにエレベーターのボタンを押す。無事にボタンが光り、エレベーターが上昇する。
「これで地下一階まで降りて……地上に出ようか」
「そうですね……」
私達はやっとの思いで一息つくことが出来た。エレベーターが到達する直前、シャッターの隙間からお掃除ロボットの様子を伺おうとすると、お姉さんに「やめときな」と止められた。
エレベーターで連絡通路に降りると、いつも通り人が歩いていた。百円ショップの外もおかしなことになっていたらと心配していたが、外の世界に異変は無く、もう一度私は安心する。百円ショップから脱出するという目的は達成したのだが、このまま一人で帰るのはお姉さんも心細かったようで、もう少し二人で行動することにした。
近くの階段から地上に出れば車も走っているし、バスに乗り込む学習塾の生徒の姿が見える。ぼんやりと立ち止まっていたら階段を降りようとする人の邪魔になってしまった。
「このまま家に帰るの?」
お姉さんにそう訊かれた私は
「あそこのスーパーで買い物してから帰ります」と言った。
「じゃあ私も」と、お姉さんも一緒にスーパーに行くことになった。
ここで、今私たちが立っている場所は商店街の入り口から少し離れたところにある。連絡通路を少し歩いてから階段を登ったので、百円ショップから離れたからだ。つまりスーパーに行こうと思うと、商店街の入り口にある百円ショップの前を通らなければならない。反対側に回ることも考えたが、百円ショップの様子を確認するためにも近くの入り口を選んだ。
数十メートル歩いて左に曲がれば商店街に入る。その角に差し掛かった時、私達は見てしまった。
商店街の中央に立つお掃除ロボットを。
通行人はそれを不自然に思う様子はない。恐らく商店街の美化のために導入されたと思っているのだろう。しかしあれは百円ショップにいたお掃除ロボットそのものだ。そのことに気づいたのは私とお姉さんの二人だけだ。
「他の人もいるから、何かあっても大丈夫だよ」
お姉さんと私は、お掃除ロボットから目を離さないようにしながらスーパーの方に向かった。先程迄居た百円ショップの電気は消えたままで、自動ドアも開いてない。電気が消えているので倒れた商品棚はよく見えない。お掃除ロボットはどうやって店から出たのだろうか? スーパーに着く迄の時間はあまりにも永く感じられ、色々と考え事をしていた。
案の定お掃除ロボットは私達の方に向かって来た。一度でも排除すると決めたものは逃がさないらしい。愛らしい猫の顔を貼り付けたまま、掃除などそっちのけで真っ直ぐに走って来る。いや、閉店後も居座る厄介な客を掃除しようとする、忠実なお掃除ロボットなのかもしれない。
なんとか私達の方が先にスーパーに着いた。商店街はいつも不法駐輪の自転車で溢れかえっているのが幸いし、お掃除ロボットは中々店の入り口に近付くことが出来なかった。
スーパーの店内から様子を伺っていると、お掃除ロボットは店に入ろうと右往左往している。焦った顔をして、「どいてほしいにゃ!」と自転車に向かって言う。すると、それを見たスーパーの店長がお掃除ロボットを捕まえた。まるで万引き犯を捕まえたかのように、店長はバックヤードへお掃除ロボットを連れて行く。お掃除ロボットは「離してにゃ!」と言うが屈強な店長には敵わない。もしかすると、店長はあのロボットがスーパーから脱走したものだと思っているのかもしれない。鮮魚コーナーでは同型機が清掃しているのが見える。
「これで一安心ですね」
「そうだね……はあ、お酒買お」
お姉さんがそう言うと私もお酒を飲みたくなってきた。このスーパーは二階建てで、一階が生鮮食品、二階が酒類やレトルトと別れている。お姉さんと一緒にカゴを取ってエレベーターに乗った。
久々に梅酒でも買おう。帰ったら飲んで早く寝て、忘れよう。
ポーン、と音が鳴ってエレベーターの扉が開く。そして──
二階は無惨にも荒らされていた。
棚が殆ど倒され、商品が散乱している。割れた瓶から零れた酒が辺りに甘い刺激を充満させていた。
私達にはすぐに、その犯人が分かった。お掃除ロボットだ。倒れた棚の向こうに行き場を失ってその場で回り続けるお掃除ロボットの姿があった。
私とお姉さんはエレベーターで一階に降りようとしたが、ボタンは反応しない。近くの階段を半ば転びながら駆け降りた。
一階の客も店員も二階のことなど知らないのか、平然と買い物をしていた。
「なんで、誰も……」
気付いていないの。お姉さんがそう言おうとした時だった。
ポーン……一階です。ドアが開きます。
丁度私達の背後にエレベーターがあった。振り返ると、そこには去年引退したプロ野球選手が立っていた。
「え?」
私とお姉さんはぽかんと口を開けたまま、そこで目が覚めた。
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本当に見た夢からはお店などの位置関係を改変しています。
ありえない構造になっていてもご愛嬌ということで……
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