第2話 最初の犠牲

 今、俺は王立動物研究所の前に立っている。横にはジープ。

 

 そして職員のみんなは、ロケット発射施設で明日打ち上げるロケットの、点検をしている。魔力通信機越しに、サンの「こちら問題なし」の声が聞こえてくる。

 

 重厚な扉が開き、白衣の研究者が三人。そして、その後ろには――シベリアンハスキーのような犬が一匹。青い瞳がまっすぐ俺を見つめていた。


「こちらが、うちで一番おとなしい犬です」


「この子を、いただいても?」


「ええ。もし無事に帰ってきたら……UASAのマスコットにでもしてやってください」


 渡された首輪には “ARGUS-1” と刻印されていた。


 うん、もう名前は決まりだな。


「今日から、アーガスだ。よろしくな」


 アーガスはしっぽを一度だけ振った。大人しい……が、研究者曰く「強い刺激を受けると落ち着きがなくなる」らしい。


 まあ、普通の犬の程度なら問題ないだろう。


 UASA本部に戻ると、白い機体が打ち上げ台にそびえていた。


 明日は打ち上げ本番。アーガスを“宇宙の舞台”に送り出すため、点火装置や計器の最終点検が続いている。


「酸素、どのくらい入れますか?」


「ありったけだ!全部入れてくれ!」


 俺が即答すると、周囲が少しざわついた。


 だが理由はある。――小惑星探査機はやぶさは、推進剤をギリギリまで積んで帰還に成功した。


 足りないよりは、あったほうがいい。こういうのは、余力が命だ。


 作業がひと段落すると、交代制で監視に入る。


 俺の担当は21時〜22時。ありがたいことに楽な枠だ。


 監視小屋に腰を下ろし、パソコンで〇ルアカのOSTを流す。


 お気に入りのNo.2が流れると、緊張しつつも心が落ち着く。計器は安定、異常なし。


 一時間なんてあっという間だった。


 作業を終え、今日はプレハブ小屋の仮眠室で眠る。


 中にはベッドが十二床――UASAの職員は十一人だから、1つ余る。


「来客用……かな?」


 そう思って近づくと、その1つだけシーツが新品。ふわっと花の香りまでする。


 ……いや、誰だよここ使ってるの。


 まあ、明日の朝にでも聞けばいいか。


 ロケットの白い機体が、風の音にかすかに揺れていた。


 アーガスの寝息が聞こえてくる。


 明日は歴史が動く。


 俺はそのことを胸に刻みながら、ゆっくりと目を閉じた。


  来たるロケット打ち上げ当日、俺はアーガスと共にロケットのハッチに来ていた。もしかしたら、ここでアーガスとはお別れかもしれない。まだ会ってから一日しか経っていないのに、ぐっと胸に来るものがある。


 涙をぬぐいながらアーガスをロケットに入れ、ハッチを閉める。空気漏れがないかを確認し、ハッチから立ち去った。



 ――Tマイナス10ミニッツ。ここから一気に忙しくなる。


 そんなとき、職員から驚きの一言が飛び出す。


「魔力濃度正常。冷却システム、発射台保護システム、オールグリーン。いつでもいけます。」


「ちょっと待て、今魔力濃度って言わなかったか?」


「ええ。この世界のロケットは魔力を固めて炎で溶かして噴射する方式と、普通の固体燃料ロケットがありますが、それが——」


「後で俺のデスクまで来い。少し話がある。」


 ――Tマイナス1ミニッツ。全計器基準値内、発射可能。

 10、9、8――。


「発射‼‼」


「発射。」


 サンが点火ボタンを押す。


 炎、煙、光。


 ロケットは火炎と大量の煙を吹き出しながら空へ昇っていく。


 ふと計器を見る。


「速度が速い……。このままだと周回軌道に入っちまうぞ。予想軌道を計算しろ。」


「了解。」


 管制室内に緊張が走る。


「近地点317、遠地点1027です。」


「了解、本来の予定軌道と違うがミッション成功とする。近地点317キロメートル、遠地点1027キロメートルの周回軌道に投入完了。」



「今すぐ王宮に連絡しろ。動物の周回軌道投入に成功した、と……。」


 ――アーガスの生体反応は、途絶えた。


 管制室は静まり返る。

 誰も泣かなかった。いや、泣けなかった。


 俺だけが、心のどこかでほっとしていた。

 これ以上、見なくて済むと思ってしまった。


 ――まただ。

 また、大切な命を守れなかった。母と同じように。

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