第29話 VSサイクロプス② ノーダメージ
「グギュルオォォォ゛オ゛!!」
私の蹴りを受けたモンスターはギロリと視線をこちらに移し、大きく口を開けて叫ぶ。それを受けた私の身体は長時間の正座を行った後の足と同じ感覚が全身に走っていた。
「くっ……!」
なんと強烈な刺激だろうか。それだけで私の身体が“今目の前にいる存在には敵わない”と、判断しようとしてしまっている。
私はこれまで、格上との戦闘をすることはあったものの、これほど圧倒的な差を、戦闘前に感じたことはない。
しかし立ち向かわないわけにはいかない。
今この場にいる戦闘が可能なものは私、トレサ・ダントカーと、継続的な観客席からの遠距離攻撃をしてくれているカイラ・フェロウズという女性である。彼女の天職は魔法使いのようだ。魔法使いは近接戦が得意な天職ではない。私が抑えられなければ彼女もきっとすぐにやられてしまう。
そして私たちの他にこのイベントへ参加していた冒険者のほとんどはとうに逃走した。その分類に入らない、闘士を持つわずかな冒険者には、ヤツとの戦闘に使うであろうアイテムを集めに行ってもらっている。帰ってくるのは、まあなかなか後であろう。
私がこいつに立ち向かわなければならない理由はもう、お分かりだろう。
身体を動かし、モンスターの胴に正拳突きを喰らわせる。
「やはりあまり効きませんか……」
受けたモンスターの反応で悟る。モンスターはそれをものともせずにそのまま私に拳を向ける。
「グルルオ゛ォ゛!!」
拳は斜めに降りてくる。私はそれの動きをじっと観察して行動をする。
(なんて速さ! ですが全身武装をしている今ならば避けられないものではない!)
モンスターの降ろす右拳の通過する道から逸れるように私は身体を動かした。
私という、道の途中に建っていた障害物が消えたことでその拳は道の行き止まり、終着点である地面にまっすぐ突撃する。
拳が衝突した地面はまるでダンプカーにでも突っ込まれた石の壁のように大きな穴を開けた。
バッと、私は拳を引き上げるモンスターの元へ飛び込む。そしてそのまま……
「やああっ!!」
モンスターの顎に向けて右拳でアッパーを放つ。そのアッパーはゴブリン程度のモンスターであれば肉体を消しとばしてしまうほどの威力はあるのだが……このモンスター相手だとどうやらそんな現象は起こりそうにない。
(ぐっ、なんて硬く、そして分厚い肉ですかこれは! 打ったこちらの拳が痺れている……全身武装状態でこれですか……!)
瞬時に手を引き、一度モンスターから後方に距離を取る。そんな私を追うようにソイツは右腕を振りかぶりながら踏み込んだ。
「くっ……!」
モンスターが私を追うスピードは私が下がる速度よりも速く、その腕は私を射程圏内に入れた時、振るわれた。
「グギュルルルルア!!」
「まずいっ!」
観客席にいるカイラ・フェロウズの声が私の耳に届いた。その瞬間、私はぐるんと宙で身体全体を回転させてその腕に蹴りをうつ。
「ぐうっ!」
しかしだ。私の蹴りはそいつを怯ませるほどの威力を持っていないようで、そいつは自身の腕に足を当てている私を腕で吹き飛ばす。
「があっ……!」
「トレサっ!」
空中でまっすぐ空気を裂きながら飛んでいく私を見て、智也さんは回復を続けながらも叫んだ。
「ぐふっ、」
私は闘技場の壁に衝突し、吐血する。が、すぐに身体を起き上がらせてモンスターの方へ走る。
———
回復薬を用いて傷を癒す俺、見上智也は身体を動かさずにトレサの戦いをじっと眺めていた。
(くそっ……トレサの力ですらサイクロプスのダメージにはならないのか)
トレサの技は俺の剣、スキルひっくるめたあらゆる攻撃よりも高い威力を持っている。だからこそ俺がダメージを与えられていなくてもトレサの攻撃であれば……しかし実際はそうはならなかった。彼のものでさえ、サイクロプスのダメージになっているようには見えないのだ。
(くっ! そろそろこの傷にも治ってもらいたいんだが……はあ、トレサが来る前に少し無理をして動いたせいで悪化してしまったのか。くそ)
俺は自分の失敗に対する後悔をしながらトレサとサイクロプスの攻防を見続けるのだった。
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