プレゼント - 3

「じゃあ、さっそくわたしから良いかな」


 言い出しっぺの天夏ちゃんは、プレゼン開始早々に名乗りを上げた。


「せっかくだし、実物も見ようよ」


 そう言って、天夏ちゃんは店の方に駆け出す。僕と春ちゃんもそれに続いた。

 天夏ちゃんは店の壁に取り付けられた棚に向かった。


「じゃーん、わたしはこれが良いと思う」


 棚に置かれていたのはぬいぐるみ。それもかなり大きめの物だ。一個で一抱えくらいのサイズ。ぬいぐるみというよりも、クッションと言う感じだ。

 ぬいぐるみのキャラクターは、ニット帽を被り、マフラーを巻いて、にこにこと笑っている。


「デカくね」


 春ちゃんの第一声はそれだった。


「そう、おっきくて可愛いでしょ」


 天夏ちゃんは自信を持って答えた。


「今年のグッズが発表された時からね、ずっと欲しいなって思ってたの。こんなのお家にあったらぎゅってしたくなっちゃうよ」

「天夏らしくねえ」

「なんか言った、春馬?」

「いや、何でもないです」


 天夏ちゃんにきっと睨まれて、春ちゃんは身を小さくした。

 そんなやり取りの後、僕と春ちゃんはプレゼンの続きを待った。

 だけど、天夏ちゃんが何か言う様子は何もない。自信満々な笑顔を浮かべたまま、僕たち二人を見つめている。


「えっと、これを良いと思った理由は?」

「え?さっき言ったじゃん。ぎゅってしたくなるくらい可愛いから」


 なんと、さっきの言葉でプレゼンは終わっていたらしい。


「それだけだと駄目なの?」

「駄目ってことは無いけど‥‥‥」

「そうだなあ‥‥‥それじゃあ、このぬいぐるみはクッションとして使えるっていうのは?咲良ちゃんの家族も一緒に使えるよ」


 まあ、それなら理由にはなる、かなあ?


「さっきお前、自分が欲しかったって言ってたけど、これ咲良のプレゼント選びってこと分かってるよな」


 中々鋭い指摘を、春ちゃんは口にした。

 ただし、それにも天夏ちゃんは自信を持って頷く。


「もちろん。わたしが欲しいと思ってるなら、咲良ちゃんだって喜ぶに決まってるよ」


 それを聞いて、春ちゃんは呆れたように口をあんぐりと開いた。

 まあ、天夏ちゃんの言うことも違うとは言えない。実際、彼女と咲良ちゃんの相性はバッチリだったし、そんな彼女が欲しいと思う物は咲良ちゃんにとっても魅力的なのかもしれない。

 そう思うと、天夏ちゃんが選んだものこそがプレゼントに最適な気がしてきた。

 正直なことを言えば、春ちゃんと同様に僕もプレゼント選びに自信が無い。咲良ちゃんに喜んでもらえるものを選ぶことが出来るとは思えない。

 それなら、天夏ちゃんの判断に従ったほうがいいと思う。


「春ちゃん、どう思う?」

「天夏の言ってることはなんかテキトーな感じするけど、まあいんじゃね」

「テキトーって何よ」


 また天夏ちゃんは、春ちゃんを睨みつけた。それから僕の方に目を向けた。


「俊彦はどう?このぬいぐるみ」

「僕も春ちゃんと同じかな。良いと思うよ」


 そう僕が答えると、天夏ちゃんは以外にも不満そうな顔をした。てっきり僕たち二人を説得できたことを喜ぶと思ったのに。


「なんか違う。春馬はともかく、俊彦やる気ある?なんか投げやりじゃない?」


 図星を突かれて言葉が出なかった。

 もちろんやる気が無いわけでは無いし、投げやりになってるつもりもない。

 ただ自信が無いから、それなら人の判断に任せた方が良いような気がしているだけで‥‥‥。


「なあ、これにするってことで良いか?俺も俊彦も、天夏に賛成したんだしさ」


 ぬいぐるみを指差しながら、春ちゃんは言った。

 天夏ちゃんはう~んと唸ると、次にはかぶりを振った。


「駄目、ちゃんと二人も選んで。春馬は分からないならそれなりに考えてよ」


 天夏ちゃんは春ちゃんに向けてそう言うと、今度は僕に顔を向けた。


「俊彦も、人任せじゃなくてちゃんと選んで。せっかく誕生日をお祝いしてもらえるのに、そのプレゼントがなあなあで決まった物だったら咲良ちゃんも嬉しくないよ」


 あまりの正論に僕は何も言えずに頷くしかなかった。


「はあ、分かったよ。でも俺が選んだ物見て笑ったりすんなよ」

「しないから。そもそも、ここにあるものどれを渡されても咲良ちゃんは喜んでくれるって」


 さっき、天夏ちゃんはここにあるものどれを貰っても嬉しいと言っていた。それはつまり、きっと咲良ちゃんも同じ気持ちだということだ。

 ここにあるものの中にハズレなんて無い。

 ただ、だからこそ難しくもある。

 ハズレが無いなかで、じゃあどれがより喜んでもらえるのか考えるなんて、ちょっと難しい。

 選択肢の難しさに悩んでいると、春ちゃんがふと声を出した。


「そうだ、このぬいぐるみっていくらするんだ」


 そう言って春ちゃんは値札に視線を向けた。

 そして「げっ」と、少し引いたような声を出した。


「二千九百八十円‥‥‥ぎりぎりじゃねえかよ‥‥‥」


 来月分のお小遣いを貰っている春ちゃんからしたら、値段は気になる要素なのだろう。

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