俊彦の思い出 - 4
翌日は、咲良ちゃんは欠席だった。その日、僕は何となくぽっかりと空いた咲良ちゃんの席が気になった。昨日の弱った姿を見たせいか、もう学校には来れないのではないかと感じていた。
そのまた次の日。その日は、連日続いていた雨が止んで青空が広がっていた。
とはいえ、気温は低いまま。僕はジャンパーを着て登校した。
学校に着いたら、教科書を机に入れ、ランドセルをしまい、ジャンパーをコート掛けに持っていく。
廊下のコート掛けのところに行くと、一昨日のように厚着をした咲良ちゃんが登校してきた。その隣には、これまた一昨日のように冬美さんが居た。冬美さんの両手は、やはり手提げバッグで埋まっている。
「おはよう、俊彦くん」
マスク越しの声は若干鼻声で、風邪っぽさが残っていたけれど、僕が感じていた心配を吹き飛ばすくらい明るい調子だった。
「おはよう、咲良ちゃん。それと‥‥‥冬美さん‥‥‥」
冬美さんとはあまり話してないから、名前を呼んでいいものか、挨拶をしていいものかと悩んでしまった。その結果、おずおずとした中途半端な挨拶をしてしまった。
ただ、冬美さんは特に気にせず、僕の挨拶には頷いて返してくれた。
それから、冬美さんは、使い込まれた手提げバッグを咲良ちゃんに手渡した。
「ありがとうお姉ちゃん」
「熱は引いたけど、無理はしないこと。少しでも体調悪かったらすぐに保健室に行って」
冬美さんの冷静な呼びかけに、咲良ちゃんは頷く。
その後、冬美さんは僕の方に近づいた。
「俊彦くんだよね」
まさか名前を憶えられているとは思わず、咄嗟に声が出なかった。苦し紛れにこくりと頷いた。
「一昨日はありがとう」
「いや、そんな。僕は何も出来なかったし‥‥‥」
僕の言葉に、冬美さんはかぶりを振った。それから続けて、
「面倒じゃ無ければ、今日もこの子を見てあげて」
そう言って、冬美さんは自分の教室へ向かった。
「俊彦くん、教室入ろ」
冬美さんを見送っていた僕は、咲良ちゃんに言われて教室に戻った。
*****
その日の昼休み。僕、天夏ちゃん、咲良ちゃんの三人は教室に居た。三人で近くの席に座って、なんてことない雑談に花を咲かせていた。そこに一昨日のような騒々しさは無かった。
ただ、僕は冬美さんに言われたこともあったため、咲良ちゃんの体調は気にかけていた。多分、天夏ちゃんも同じだろう。
そんなところに、他クラスの女子がやってきた。
「天夏ちゃん、ちょっといい?」
女子は天夏ちゃんに対して呼びかけた。
「どうしたの」
「ちょっとだけ聞きたいことがあってさ、こっちの教室来てもらえないかな?」
その誘いに、天夏ちゃんは迷った様子を見せた。風邪気味の咲良ちゃんから離れるのが心配なのかもしれない。
そんな戸惑う天夏ちゃんに対し、咲良ちゃんは言った。
「行って来たら、天夏ちゃん」
咲良ちゃん本人にそう言われて決心がついたのか、天夏ちゃんは僕と目を合わせた後、女子の呼びかけに応えて教室を出て行った。さっきのアイコンタクトには、咲良ちゃんを任せた、みたいな意味合いがあった気がする。
そうして、僕と咲良ちゃんは二人になった。
さて、何について話そうか。
そう考えた時、ぱっと浮かんできたのは冬美さんだった。
「咲良ちゃんの言ってた通り、冬美さんっていいお姉さんだね」
僕が言うと、咲良ちゃんはきらきらと目を輝かせた。
「うん。そうなんだ。でも、どうして急に?」
「一昨日とか、今日とか、咲良ちゃんのこと気にかけててさ。何だか、僕の兄さんとは大違いだなって」
「やっぱり、俊彦くんはお兄さんが嫌いなの?どうして?」
どうして。
今となっては、兄さんと仲が悪いのは当たり前になってしまったし、どうしてかなんて考えていなかった。
「なんでだろ。分かんない。でも多分、兄さんも僕のこと嫌いだろうし、理由とかはないのかも」
ふと咲良ちゃんの顔を見ると、彼女は寂しそうな顔をしていた。
「でも、しおりは一緒につくったんだよね」
咲良の押し花しおり。その体験会には、兄と二人で参加した。
「やっぱり、お兄さんが俊彦くんのこと嫌いなら、一緒にしおり作るなんてことしないと思うな」
咲良ちゃんの言葉に、僕は素直に頷くことは出来なかった。
どう返事をしたものかと考えているうちに、天夏ちゃんが帰ってきた。そのおかげで僕が返事をするタイミングは無くなった。そのことに、人知れずほっとしていた。
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