2章:神の知恵
第13話:神の住まい
日暮れの光が射し込む囲炉裏の間には、いつになく多くの男たちが集っていた。
今日は、村の定めごとの集まりではなかった。
前日のうちに、長老が、男衆に寄り合いを呼びかけていたのである。
いつもの寄り合いとは違う顔ぶれが揃い、場には妙な静けさが漂っていた。
囲炉裏の端に、
口を閉ざし、じっと火の奥を見つめていた。
障子が静かに引かれ、縁側から長老・
囲炉裏の火がかすかに揺れ、場のざわめきがすっと静まる。
「皆、よく来てくれた。それぞれに忙しい折、感謝する。こうして顔をそろえてくれ、頼もしい限りだ」
男たちは沈黙して頷いた。
誰もが胸の奥で、何か重大なことが告げられることを感じていた。
「皆、よく聞いてくれ……これ以上、神さまを仮住まいに置くわけにはいかぬ」
“神さま”という言葉に、男たちははっとして顔を上げた。
誰もが心の内で、初穂の異様とも思える振る舞いを思い出していた。
「これより神さまの御座所を築く。社の裏手、かつての祠を再び清め、そこを住まいと定めよう」
「誰かに命じられてではない。我ら自身の信仰として、この手で神の御座を築くのだ」
国重の声は力強く、それでいてどこか厳かだった。
「神がこの村にとどまり、共に歩まれるのならば──その居場所を整えることこそ、当然の務めにして、信の証である」
「社の奥を清め、祠を手直しして、神を迎える場とせよ。神に仕えるとは、ただ祈ることではない。我らの信を、手と道具で示すのだ」
男たちは無言のまま、深く頭を垂れた。
誰の胸にも、誓いにも似た覚悟が芽生えていた。
その信仰も、当初はすべての者に受け入れられていたわけではない。
「神を騙り、村を惑わす者かもしれん」
「異国の術で心を奪うのだろう」
「あれは死人の身体だ」
そう囁く声は、火のそばや畑の影で密かに交わされていた。
だがその声は、子どもを病から救い、土砂崩れから村を守ったその光景の前に、いつしか聞かれなくなった。
翌朝──朝靄のなか、男衆が社の裏手へと集まっていた。
まだ道具は少なく、手には鍬や鋤があるばかりだったが、それでも彼らは、かつての祠の跡地に向かっていた。
まずはこの地を“整える”ことが何よりの始まりだった。
土を掘り、根を取り除き、地をならす。神を迎えるにふさわしい場とするために。
整地作業の先頭に立っていたのは、佐平だった。
彼の落ち着きと力強さは、年長の者にも一目置かれるほどで、若者たちは自然とその背を追っていた。
土の表面を覆っていた草が刈り取られ、掘り返された地面からは、長く眠っていた根が現れる。
土は硬く、ところどころに埋もれた石や朽ちた木の根が顔を出していた。
男たちは鍬をふるい、石を除き、ただ黙々と手を動かしていた。
それは、神を迎えるために選ばれた大地との、最初の静かな対話だった。
土に触れるたび、そこに込める思いが少しずつ染み渡っていくようだった。
「こっちには石が多いな。地面が痩せてる」
佐平が
「
”
五十を越えてなお背筋の伸びたその男は、かつて若い頃、都で宮大工の手元として数年働いた経験があった。
村に戻ってからは田畑を耕しながら、社や蔵の修繕を一手に担ってきた。
藤治は
「もう二尺掘って、砕石を敷こう。下が締まらんと、柱が歪む」
「承知しました」
頷いた佐平は、すぐ背後にいた男たちに向き直り、声を張った。
「石運ぶぞ、誰か手を貸してくれ!」
彼らの采配のもと、作業は滞りなく進んでいた。
幾日かが過ぎ、整地はようやく一段落を迎えていた。土は締まり、石は並び、地は神を迎える“場”のかたちを帯びはじめていた。
一方では、伐り出された材木が少しずつ運び込まれ、社の外れに仮置きされていた。
手を休めた男たちは、並べられた材木の山にふと目を向けた。
節目も太さも選び抜かれた木肌が、陽を受けて白く輝いていた。
これがやがて柱となり、
その未来を思い描いたとき、男たちの胸には、希望の光が差し込んでいた。
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