最終話 望と桜
週末になると、望は決まって「花見鳥」というカフェに通っていた。
「コンカフェ」という言葉がまだ一般的でなかった頃から、大正浪漫をモチーフにしたその店は、独特の空気に包まれていた。
矢絣の小振袖に本紫色の袴、ブーツ姿の女性店員たちが、丁寧に給仕してくれる。
中でも、桜という名の店員は、望にとって特別な存在だった。
物腰は柔らかく、笑顔には品があった。
彼女の所作ひとつひとつに、望は密かに心を奪われていた。
ある週末の夕方、閉店間際。
会計を済ませながら、望は意を決して声をかけた。
「……もしよかったら、今度、デートしてもらえませんか?」
桜は一瞬だけ目を見開き、それから静かに微笑んだ。
そして、誰にも聞こえないような声で、指を三本立てる。
「これなら、このあと……いいですよ?」
思いがけない返答に、望は言葉を失った。
だが、欲望に抗うことはできなかった。
気づけば、彼は頷いてしまっていた。
ホテルの部屋。
制服を脱いだ桜は、なおも品を纏っていた。
望は、彼女を貪った。
欲望のままに。
だが、満たされるはずの性欲の奥に、妙な虚無感が残った。
桜は何も言わず、ただ静かに受け入れていた。
そのことが、さらに望の虚しさを膨らませた。
やがて、彼は疲れ果てて眠りに落ちた。
*****
「お客さん、閉店ですよ」
目を覚ますと、そこはホテルではなかった。
望は、カフェのソファ席でうたた寝をしていたらしい。
桜が、いつもの制服姿で、穏やかに微笑んでいた。
夢だったのか。
あの夜も、あの虚しさも。
望は、もう一度、意を決して声をかけた。
「……もしよかったら、今度、デートしてもらえませんか?」
桜は、また指を三本立てた。
「明日の3時に、お客として花見鳥に来るんですよ。もしよかったら、ここでカフェデートしませんか?」
*****
翌日、午後3時ちょうど。
望はカフェに向かった。
そこには、制服ではなく、上品なワンピースをまとった桜が、店の前で待っていた。
普段とはまた違う桜の美しさに、望は見とれた。
桜は照れたように顔を赤らめ、店内へと誘った。
「そんなに見られると恥ずかしいわ。さあ、入りましょう」
ふたりは席に座り、コーヒーを飲みながら、少しずつ、互いのことを語り合った。
望は、桜の生い立ちや気立ての良さに触れ、静かな充足感を覚えていた。
そして思った。
やっぱり、週末はカフェで過ごすに限る。
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