第6話 大樹と美咲
スポーツクラブに通い始めて、三ヶ月。
最初は運動不足の解消が目的だったけど、今では週末の楽しみになっていた。
ストレッチをしながら、つい視線を向けてしまう人がいる。
いつも黙々とトレーニングしていて、誰かと話しているところはあまり見ない。
でも、なんだか気になる。
気づけば、彼の姿を目で追っている自分がいた。
その日も、私はランニングマシンで汗を流していた。
ふと横を見ると、その人が隣に立っていた。
「いつも頑張ってますね」
突然の声に、心臓が跳ねた。
「え、あ……ありがとうございます」
うまく返せたかどうかもわからない。
でも、彼は優しく笑ってくれた。
それから、少しずつ話すようになった。
トレーニングのこと、仕事のこと、週末の過ごし方。
会話は短いけれど、心地よかった。
そしてある日、彼が言った。
「今度、よかったら飲みに行きませんか?」
私は、少しだけ間を置いてから、うなずいた。
「いいですよ。行きましょう」
週末の夜、ふたりで居酒屋に行った。
仕事帰りの人たちでにぎわう店内。
最初は少し緊張していたけれど、話し始めるとすぐに打ち解けた。
仕事の愚痴、好きな映画、最近ハマっている音楽。
笑いながら話しているうちに、時間があっという間に過ぎていった。
「やば、終電逃したかも」
スマホを見ながら私が言うと、彼も時計を確認した。
「ほんとだ……どうする?」
「ネットカフェで始発まで待とうかな」
「……ネカフェに行くぐらいなら、ホテルに行かない?」
その言葉に、一瞬だけ空気が止まった気がした。
私は彼の顔を見て、ふっと笑った。
「初デートでホテル? 大胆だね」
「じょ、冗談だよ。ただ、ネカフェじゃゆっくり寝られないと思って……」
慌てる彼を見ながら、私はグラスの氷をくるくると回した。
店内の喧騒が、ふたりの間だけ少し遠くに感じられる。
「たしかにネカフェじゃ、ゆっくり寝られないもんね」
「……うん。ホテルのほうが、ゆっくり寝られると思う」
「……変なことしない?」
「……たぶん。……いや、正直、自信ないかも」
「ふふ。正直でよろしい」
少しの沈黙のあと、私はグラスを置いて、彼の目を見た。
「いいよ、行こっか」
*****
朝の光が、カーテンの隙間から差し込んでいた。
夜明けまで楽しんだ私たちは、ベッドの上で横になっていた。
「結局、ホテルに来たけど、ゆっくり寝られなかったね」
「ごめん。でも、ホテルで一緒に過ごせてよかったよ」
「まあね。私もそう思う」
そう言って、私はまた彼を抱きしめた。
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