第3話 悠真と澪

付き合って二年になる悠真と澪。

週末のデートは、いつもホテルで過ごすのが定番だった。

それはふたりにとって、自然で心地よい流れだった。


土曜の午後、澪は自宅前で悠真の車に乗り込んだ。

助手席のドアを閉め、シートベルトを締めると、澪は悠真の横顔を見つめた。

「……ねえ、今日はさ、ホテルじゃなくて、カフェに行かない?」

悠真が少しだけ目を丸くした。

「カフェ?」

「うん。湖のほとりに、前から気になってた店があって。景色がきれいで、静かで……。たまには、そういうとこでゆっくり話したいなって」

言いながら、澪は照れくさそうに笑った。

いつもなら、車はそのままホテル街へ向かうのが“お決まり”だった。

でも今日は、少しだけ違う時間を過ごしたかった。

悠真は一拍置いて、ウインカーを右に出す。

「わかった。じゃあ、今日はそっちに行ってみようか」


*****


湖畔のカフェは、澪が言っていた通り、静かで穏やかな空気に包まれていた。

窓際の席からは、水面が風に揺れ、遠くに小さなボートが浮かんでいるのが見えた。

ふたりはコーヒーを飲みながら、取り留めのない話を交わした。

仕事のこと、最近読んだ本、子どもの頃の思い出——

澪は、こうして景色を眺めながら話す時間を、心から楽しんでいた。


会話がひと段落したころ、澪がカップを置いて言った。

「ごめんね。急に、ホテルじゃなくてカフェに行きたいなんて言って」

「いや、いいよ。たまにはこういうのもいいね」


悠真は、確かに今日もホテルに行くつもりだった。

澪の肌に触れて、いつものように甘い時間を過ごすつもりでいた。

けれど今、自然に囲まれた場所で、目の前で笑っている彼女と、いつもなら口にしないような話をしているうちに、「この居心地のいい時間が、いつまでも続けばいいのに」と思うようになっていた。

そして、そんなふうに思っている自分に、少し驚いていた。


*****


帰りの車が澪の自宅前に近づく。

車が静かに止まると、澪は悠真の方へ身を寄せた。

そっと両頬に手を添えて、静かに唇を重ねる。

「今日はありがとう。来週はまたいつもみたいに過ごそうね」

そう言って、澪はドアを開け、玄関へと入っていった。

悠真は、優しい眼差しでその背中を見送った。

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