第2話 颯太と紗香

昼休みになると、颯太は自然と隣の席の紗香に声をかけるのが習慣になっていた。

「今日も、あの蕎麦屋でいい?」

「いいよ。今日は冷やし三色蕎麦にしてみようかな」

業務ではほとんど接点がないふたりだったが、昼休みだけはなぜか気が合った。


ある金曜の昼、颯太は同期の山岸に言われた。

「紗香さん、脈あるって。週末、誘ってみろよ。でさ、『カフェでも、ホテルでも、どっちでもいいよ』って言えば、余裕ある男に見えるから」

「いや、それはさすがに……」

「今どきは“選ばせる男”がモテるんだって。送ってみ?」


その夜、颯太は悩んだ末、スマホに指を走らせた。

「明後日の日曜、会える? カフェでも、ホテルでも、どっちでもいいよ」

送った瞬間、颯太は後悔した。

……何言ってんだ、俺。


その頃、紗香はそのメッセージを見て、思わず吹き出した。

「これは……試されてる?それとも、ただの天然?」

冗談なのか本気なのか、判断がつかない。けれど、彼が“ふたりきり”を想像していることだけは、確かだった。

紗香は、行き先には触れずに、待ち合わせの時間と場所だけを返信した。

「いいよ。午後一時、駅前の大画面の前で会おう」


日曜の午後、駅前。

紗香は先に着いていた。颯太が少し遅れて現れる。

「じゃ、カフェに行こうか」と彼が言うと、紗香はニヤリと笑った。

「“カフェ”と“ホテル”、選ばせてくれるんじゃなかったっけ?」

颯太は固まり、顔がみるみる赤くなる。

「えっ、あれ……本気にしたの?」

「じゃあ、まずはカフェで。“ホテルでもいいよ”って言った理由を聞かせてもらおうか」


ふたりは近くの静かなカフェに入り、窓際の席に座った。

カップを手に取りながら、紗香が言う。

「で、なんであんなメッセージ送ったの?」

颯太は頭をかきながら、山岸のアドバイスだったこと、迷ったこと、そして送ったあとに後悔したことを正直に話した。

紗香は笑っていた。

「そっか。じゃあ、あれは“余裕ある男”じゃなくて、“余裕ない男”だったんだね」

「……うん。でも、今日会って、ちゃんと話したかったのは本当」

「それは伝わったよ。だから、来たんだし」


帰り際、駅までの道を並んで歩きながら、紗香がぽつりとつぶやいた。

「……で、来週はどんな風に誘ってくれるの?」

颯太は真っ赤になりながら言った。

「えっ、来週も誘っていいの?」

紗香は笑って頷いた。

「じゃあ、次の週末も『カフェでも、ホテルでも、どっちでもいいよ』って誘ってみて。今度はちゃんと私が選ぶから」

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