12月24日

「イルミネーションを見に行こうよ」

 渚が玄関を開けて早々に、束沙が提案する。

「お、おう、急だな」

「ごめん、昨日言い忘れてて」

 渚は十分程で支度を終わらせ、2人で駅に向かう。

「イルミネーションっつーことは、夜まで出歩くよな?」

「そうしたいけど、明日もバイト入れちゃったんだよね」

「マジか。じゃあ早めに切り上げようぜ」

「僕から誘ったのに、ごめんね」

「別にいいぜ。束沙に誘われなきゃ、ぜってぇ行かなかったしな!」

 電車に乗り、空いている空間に入る。

「人多くね?」

「そうだね……イヴだからかカップルが多いね」

 渚は束沙を見る。

「…………俺らも、だろ」

 うつむき加減でつぶやいた渚に、一瞬目を丸くし、そして微笑んだ。

 電車が止まり、2人は人の流れに乗って歩く。

「束沙、大丈夫か?」

「うん」

 渚は束沙の手を引き、流れに沿いつつも人の少ない空間を進む。

「装飾もキレイだな。いろんなとこにツリーとか三角形の旗とかあって」

「そうだね」

「そういや、イルミネーションの他に行きたいとことかあんのか?」

 渚が束沙の顔を見ると、視線が合う。束沙は無言のままじっと見つめている。

「どした?」

「……いや、何でもないよ。行こうか」

 束沙は微笑み、渚を軽く引いて歩き始める。立ち止まったところはハンバーグをメインで売っている一般的なファミレスだった。

「夕飯には……あ、昼まだ食ってねぇの?」

「軽くは食べたんだけど、お腹空いちゃって。でも、渚は……」

「パフェ食べてぇな!」

 渚は束沙の言葉を最後まで聞かずに入っていく。

「束沙も早く来いよ〜」

「うん。ありがとう」

「ん?なんか礼言われるよ〜なことしたか?」

「僕が言いたかっただけ」

「そっか」

 席に案内された2人は各々の注文をする。

「にしても中はあったかくてい〜な〜。外出んの嫌んなるわ」

 着ていた上着を脱いで渚がつぶやく。

「本当に寒いの苦手なんだね」

「夏か冬か選べって言われたら断然夏だな。休みもなげぇし」

「そこも基準に入るんだね」

 そうして笑っているうちに配膳ロボットが注文品を運んでくる。机にはチョコレートパフェとポテト、ハンバーグセット、カフェオレが並ぶ。

「じゃあ、いただきま〜す」

「いただきます」


「うまかったな〜」

「パフェとポテトを交互に食べ始めたときはどうしたのかと思ったよ」

「甘いのとしょっぱいのは永久機関だろ!……つーか、ホントに払ってもらっていいのか?」

「うん、気にしないで。僕が誘ったんだから」

「んじゃ、ゴチになりま〜す」

 手を合わせて軽く礼をした渚に、束沙は微笑む。そして、さらに増えてきた人の流れに加わった。

「イルミネーション、あまり見れなさそうだね……」

「そうだな……お」

「どうしたの?」

 束沙は渚の視線を追う。

「観覧車……」

「あれなら個室になりそうじゃね?景色もキレーだろ〜し……あ、でも、混んでるか」

「……そうだね」

 少し眉を下げて微笑む束沙の顔を、渚は両手で挟む。

「冷た……どうしたの?」

「行きたいなら行きたいって言えっての」

「あ……また顔に出ちゃってた?」

 渚は無言で束沙の頬を伸ばす。

「ひはひよ……」

「……俺には隠す必要ないって、いつも言ってるよな」

 渚は手を離して言う。

「言いたくないことは言わなくてい〜けどさ、やりたいことは、ちゃんと口に出せって。俺もムリだったらムリって言うし」

「……そうだね。気をつけるよ」

「つってもず〜っと治んねぇけどな〜」

 渚は手を頭の後ろで組んで歩き出す。

「クセみたいなものになってるからね」

 横に並んだ束沙の顔をチラッと見る。

「……ま、ある程度マシにはなったよな」

「そうだといいな」


「あんま並んでなくて良かったな」

 向かい合って座った2人は、ゆっくりと下がっていく景色を眺める。

「イルミネーションに関する逸話があるからかな」

「え、どんなん?」

 束沙の顔を見ると、目には街の光が宿っている。

「超巨大オブジェが一斉に点灯した瞬間にキスをしたカップルは、この先も幸せになれるらしいよ」

「へぇ〜……もしかしてそれ目当てだった?」

「三分の一は、ね」

「三分の一?」

 束沙が渚に微笑む。

「半分は、渚と一緒に思い出を作りたかっただけ」

 渚はニッと笑う。

「なら、これからもい〜っぱい作ってこ〜ぜ!」

 2人は一度、窓の外に視線を戻す。

「……あれ、三分の一と半分?」

 渚が再び束沙を見ると、束沙は立ち上がり渚の隣に行く。

「観覧車にも、よく聞く逸話があるんだよ」

 渚は軽く首を傾げる。

「ちょうど頂上でキスをした男女は結ばれるってやつ」

「へぇ~」

 束沙は少し眉を下げて微笑む。

「男女じゃなくても、効果はあるかな……?」

 渚はニッと笑って答える。

「あるだろ!ま、なくても俺らが一人目になりゃい〜しな!」

 少し目を開いた後、束沙は微笑む。

「そうだね」

 そして、渚の頬に手を添え、軽く唇を重ねた。すぐに離れて言う。

「タイミング、ぴったりだったよ」

「そりゃ良かったな!」

 街の光が再び近づき、少し赤くなった二人の顔が照らされる。

「……まだ慣れねぇんだけど……」

「実は僕も……そろそろ四ヶ月経つのにね」

「えっ、そんなに経ってんの!?」

「夏休み明けてからの生活は、付き合う前とあまり変わらなかったからね」

「だって学校では秘密にしたいんだろ?」

「渚が変わらなすぎて驚いたよ」

「だって束沙は束沙だし」

 そして2人は地面に戻った。

「結局イルミネーションはあんま見れんかったな〜」

 行きよりは空いている電車に揺られながら渚はつぶやく。

「イルミネーション見に行こうって言ったの僕なのに、ごめんね」

「ま、い〜ってことよ。来年とかに行きゃい〜ことだしな〜」

 当然のことの様に言う渚に、束沙は微笑んだ。

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