番外編:『浴槽密室』

@1o27

第1話 浴槽密室

※これは、『天才少女ガウス』の番外編です。

※幸と有珠が予備校主催の旅行に参加している設定になります。

※以下、キャラクターの設定。

雅 有珠(ミヤビ・アリス):天才少女。予備校に通っている。小学生。あだ名がガウス(雅→ガ、有→ウ、珠→ス)。

三井 幸(ミツイ・コウ): 有珠と同じ予備校に通っている。ひょんなことから有珠と知り合いになる。有珠からは礼儀を弁えていると評される。浪人一年目。


※ここから本編です。

↓↓↓↓


夕食会が開かれるホール。


今日は貸切ということで、予備校生はもちろん、ロビースタッフも含めて、ホテルの全員が集まっていた。


ライバルにして、戦友である諸君が、食事を手に、普段しないような日常会話などに花を咲かせている。


そんな矢先、会場の電気が落ちた。


だが、一瞬の暗闇の後、照明はすぐに明るさを取り戻す。


しばらくして、職員の1人がやってきて「自分が誤って電気のスイッチを落としてしまった」と、申し訳なさそうに言った。


「まあ、そんなこともあるか」


皆、そう思って、気にせず食事を続けた。

なにより、この後は、楽しい温泉タイムだ。


誰もが、細かいことなど気にせず、受験のストレスから解放されていた。


やがて、晩餐を終えた生徒や教師たちは、早く温泉を楽しもうと、我先に風呂場へと向かった。


幸も、その中の1人だった。


扉の前に殺到する予備校生に対して、ホテルの従業員が、急いで風呂場の鍵を差し込む。


──彼らは脱衣所に雪崩込み、服を脱いでいく。


最初の誰かが、浴場の扉を開けた。


……しかし。


浴場に入ると──なんということだろう。


温泉が、からっぽではないか!



怒号が響き渡り、すぐにホテルのスタッフが飛んでくる。


非難の雨にさらされるスタッフたち。


そのうちの1人。風呂場の担当者は「自分は確かに、“お湯が出てくるの“を確認したあとで、鍵を閉め、夕食会の準備に向かった」と説明した。


さらに別のスタッフは「鍵は厳重に保管しており、盗まれたり、誰にも知られずに持ち出すのは不可能だ」と、説明した。


直前まで機械に問題がなく、部屋も密室だったとすると、何が原因なのだろう?


幸が考え込んでいると、不意に、男性の甲高い叫び声が響いた。


振り返ると有珠が、脱衣を終えた男性たちの間を、のしのし歩いてくるではないか。


彼女は、怒り心頭という具合で怒鳴った。


「どうなっているんですか!温泉がありませんよッ! 

一体、誰が盗んだんです!!?」


いつもの冷静な彼女はどこに行ってしまったのだろう?

第一、『盗んだ』とはいったい?


ちなみに幸は、まだ服を脱ぐ前だったため、彼女に何も見られずに済んでいる。


……どうやら女風呂の方は、まだ職員が説明に行っていないらしい。


それで。業を煮やした有珠が、ここまでやって来たという訳だ。


幸は、彼女を宥めるため、スタッフから聞いた言葉を、そのまま伝えた。


有珠は、ようやく冷静さを取り戻したらしい、顎に手を当てて、少し沈黙したのち、言う。


「[スタッフの名前]さん。この宿の給湯ポンプは、電気式ですか?」


スタッフは「はい…」と答えた。


すると彼女は、間髪入れずに言った。


「なるほど、分かりました。

この事件の犯人は──“ホールの電気を誤って消してしまった”……そう言っていた、例のホテル職員です」


幸が困惑しつつ聞く。


「…どうしてさ。 …いやそもそも“犯人”ってなに?」


そんな素朴な疑問に対して、彼女は恐ろしい声で言う。


「そんなことどうでもいいわ。……それよりも、早く連れてきなさい」


彼女のギロッと鋭い目つきに、直接睨まれた訳でもないホテル職員まで、震え上がる。


結局、“例の職員”が、同僚たちに拘束されて運ばれてきた。


彼は拘束を解こうと、もがくが、やがて有珠の前に跪かされた。


そんな彼に向かって、有珠は底冷えするような、低い声を落とす。


「さあ…あなたがやった事は、もう分かっているのよ…」



職員は言う。


「へっ…なんの証拠があるってんだ!

俺はずっと会場にいたし、なんなら鍵も持ってないぜ?」


……夕食の会場にて謝っていた彼は、もう少し、物腰が柔らかかったと思うが気のせいだろうか?幸は訝しんだ。


いかにも、三下のような口調で反論する彼に対して、有珠は言う。


「ずっと会場にいた? …いいえ、嘘ね。電気が消えてから、あなたが謝りに来るまで、少し時間があったわよね──」


そういって、彼女は続ける。


「──あなた、実は電気室のところまで行ってたんじゃないの? そして、このホテルの全員が会場に集まっているのをいいことにブレーカーを落とし──またすぐに上げた」


幸が質問する。


「…それは一体なんのため?」


有珠は答える。


「もちろん、お湯の供給を止める為よ。

電気式の場合。一度電気が途切れると、照明と違って、再設定が必要になる。

…ゆえに、お湯がとまる」


彼女の推理に、納得の空気が流れる。


なによりも一番彼女を支持する雰囲気なのは、他のホテルスタッフ達だ。

誰も、自分の不手際のせいにしたくないのだろう。


しかし、当の職員は、くつくつと笑いながら言った。


「おいおい。忘れたのか?

この浴場のスタッフは、“お湯が出てくるの”を確認してから、鍵を閉めたんだぜぇ?」


有珠はハッとした様子だ。


頭に血が昇っているせいだろうか?

普段の彼女では考えられないような見落としである。


職員は続けて言う。


「浴槽の栓が見えないのかあ?

もし、『浴槽の給湯口から温水が流れていたのを確認した』と言うなら、多少なり、お湯が貯まってなきゃおかしいだろ。

誰も浴場には入ってないから、汲み出すこともできないはずだぜ?」


有珠は悔しそうに、声を絞り出す。


「なんてこと…これじゃあ、ホテルに損害賠償を請求できないわ…」


聞いていたホテルスタッフの顔が、若干、引き攣った気がした。


……とりあえず、幸と有珠は、浴槽のなかを覗くことにする。


浴槽の中をみてみると、排水口には、黒い栓がスポッと収まっていた。

有珠は試しに、栓を持ち上げてみる。


…穴の奥には、小さな闇が続いており、黒く塗られた排水口の周りのリングと、さながら一体化しているように見えた。


そんな時、幸の脳裏に電流走る。


そして、何を思ったのか、いきなり解説を始めた。


「──まず、浴槽というのは、水が流れやすいよう、排水口にむかって傾斜している」


幸は、さらに続ける。


「そして。仮に一定量の風呂の湯が貯まっていたなら、それは一気に抜けるわけじゃない。

──ましてや、“同時に給湯が続いているのなら尚更”だ…」


そして、真相を突き止めたかのように言った。


「つまり! “栓のようなモノ”を、事前に浮かべておけば……水が抜けきったタイミングで、吸い込まれるように、“ソレ”がはまる…というわけさ!」


「そう」


いつのまにか、お湯の張られた風呂桶を手にしていた有珠が、風呂の栓を持ち上げて、ぽちゃんと桶の中に栓を落とした。


沈んだまま、浮かんでこない。


幸は、自らの推理が外れたのだと悟った。


しかし、それと同時に、彼女の素っ気ない態度に一筋の期待を感じる。


「もしかして。有珠はもう分かったのか?」


幸が聞くと、彼女は頷く。

そして話し始めた。


「…確かに栓は“排水口にはまっている”…けれど、ピッタリではないかもしれないわ」


そう言って、彼女は栓を排水口に戻して、風呂桶のお湯を流し込む。


するとどうだろう。


浴槽の底に落ちる温水は、栓にむかってチョロチョロ流れるだけで、いっこうに貯まっていかない。


消えている?

いや、そうではない。これは──


「あら? 排水口の周囲が黒いせいか、一体化してて分かりにくいけど──」


彼女は続ける。


「…どうやら、栓が少し小さいようね、わずかに水の通り道ができているわ」


──色によるカモフラージュと、流体の特性の利用。


事件はこうして幕を閉じた。


**


解決したところで、温泉は帰ってこない…。


他の予備校生たちが、そんな空虚さに襲われている様子を眺めながら、有珠は幸に対して言う。


「幸。あなたの推理もアイデアだけは悪くなかった。

死体を、板か何かに乗せて、水を抜くと同時に、その板で栓をする──

…そんな密室トリックには使えるかもしれないわね」


お世辞かもしれないが、幸は悪い気がしなかった。


かくして有珠は、事件の真相と、ホテルへの賠償請求の権利を手に入れたのだった。

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