第8話 道を塞いだ老人

■取材記録:道を塞いだ老人


【取材日】平成二十四年十月

【聞き取り対象】K氏(五十八歳・長野県在住)


 K氏の話は、山間の集落にある公民館の軒先で聞かせてもらった。秋風が吹き抜ける夕暮れ時、まだ作業着姿のまま、彼は手持ち無沙汰に煙草をくゆらせていた。


 「もう何十年も前のことですけどね。たぶん二十代の後半だったと思います。深夜に、仕事の関係でどうしても山越えしなきゃならなくて、バイクで峠道を走ってたんですよ。街灯なんか一つもない山道で、真っ暗。ライトの先だけがやっと見えるくらいの、あの感じです」


 そのときだった。


 「カーブをひとつ抜けたところで――道の真ん中に、白髪の老人が立ってたんです。白っぽい作務衣のような服を着てて、こっちに向かって片手を上げて……止まれ、って。驚きましたよ。こんな時間に、あんな山奥で、人が道に立ってるなんておかしいじゃないですか」


 バイクを急停車させたK氏は、思わず声をかけた。


 「『どうかしましたか?』って聞いたんですけど、老人はそれには答えず、低い声でこう言ったんです――『この先は行くな。戻れ』って。それだけ。妙に落ち着いた、けど妙に切迫した言い方でね。有無を言わさぬ迫力に押されて、言われるがまま、引き返しました」


 翌朝、再度車で同じ道を急いだK氏は、思わず息を呑んだという。


 「昨日の晩に走ってたあたりが……完全に崩れてたんです。土砂崩れで道が塞がってた。たぶん時間帯的にも、もしあのまま進んでたら、ちょうど巻き込まれてたかもしれないって、背筋が冷えましたよ。あのときの老人が止めてくれなかったらって、今でも時々ゾッとするんです」


 その日は別ルートで山越え。


 帰宅後、家族や近所の人にその話をしたところ、返ってきたのは、思いがけない反応だったという。


 「『それは狸だな』って、みんな笑うんです。真顔でこっちは話してるのに。あっちは半分冗談みたいに言う。でも、あの夜のことを思い出すたびに、冗談で済ませたくないって、やっぱり思うんです」

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