Ch. 1 - Seq. 2 : デブリクラスター

 ロビンの目が覚めた時、そこは見渡す限り油とタールに彩られた空間でした。

 白一色だった壁は、磨かれた銅のように艶のある茶褐色でグラデーションが出来ており、務めを果たした燻製機は燃え尽きたウッドチップを安置する柩となっていました。


 元々が殺風景な倉庫だったとは思えない燻製小屋で、ロビンは毛繕いをしようとして、自分も倉庫の壁と同じように油まみれな事に気付き、やけくそのように床を転がりました。

 そのまま二度寝しようとしていたロビンは、突如現れたドローンによって、寝ぼけたまま部屋の外へ引きずられていきました。



 乗組員が揃ったコントロールルームには人とAIと猫がいました。

 艦長席には淡い青緑色の髪の少女リン。参謀席には黒髪ロングで感情表現が少なそうなAI。さらに操舵席には不貞腐れた湯上がりロビンが座っていていました。

「で? 緊急事態って一体何なのさ」

 一人だけ大いに不機嫌な様子のロビンは刺々しくそう問いかけます。

「シャワーがよほど嫌だったようね」

「そりゃあね! シャワーなんてもうそれだけで水に濡れるってのに、それを4回もだよ! 4回! 信じられないよ」

「本来ならもうあと3回必要なのですが……」

「もうこれ以上はムリ! 猫族が地上に降りるくらいあり得ない!」

「確かに猫族が地上に降りたという記録はありませんね」

「まあロビンの自業自得は置いとくとして……ノルンの解析結果は?」

「正面の不審反応は、ほぼ間違いなくデブリクラスターですね」


 主に人工衛星や宇宙船が破損することで発生するスペースデブリは、事前に発見するのが困難なため宇宙航行の大きな脅威の一つとなっています。

 ナット一つでもライフル弾並みの破壊力となるそれらは宇宙空間を漂ううちに集団クラスターを作ることも多く、宇宙船がその中へ入ってしまうと航行不能に陥ることも珍しくありません。


 デブリ対策としては大きく迂回するか、接触が不可避である場合にはプラズマを浴びせて帯電したデブリを磁石網で回収するという方法が一般的です。しかし両者ともに時間的なロスが大きく、特にプラズマ放射では艦の電力を大きく消費し、再充電するまで行動が大きく制限されてしまいます。


 デブリクラスターに遭遇した者の不運。航行不能になるよりは遙かにましだから諦めるというのが宇宙船乗りの常識なのですが、

「ちょっと! たかがゴミ共のためにシャワーの刑が執行されたっての!?」

 そんな常識を持ち合わせていないロビンの怒りが沸き立ちました。


「いや、ロビンにとっては『たかが』かも知れないけど、一般的にデブリはかなりの脅威度で——」

「やだよ。シャワーとゴミじゃ釣り合わない」

「いや、まだ頼んでないわよ。まぁお察しの通りデブリ回避を頼むんだけど」

「ふんだ」

 とりつく島もない様子のロビンにリンから思わず呆れたため息が零れます。

「はぁ。そんなにシャワーが嫌ならなんで燻製なんかやらかしたのよ。シャワーなしで汚れたまま何日も過ごす気だったわけ?」

「う……そりゃ確かに煙と油のせいで鼻もきかなくなってたけど……でもだからって4回はひどくない!? これはもうスパイが秘密を喋るレベルの拷問だよ」

「いや自業自得だからね?」

 自業自得であることを棚に上げて、ロビンはあくまでシャワーの被害者であることを譲らないつもりです。


「ちなみに、このデブリクラスターを抜けた先には特産の魚が有名な惑星がありますよ」

「知らないよ」

 そう言いつつもぴくとロビンの耳が揺れていたのをAIのセンサーはしっかり観測していました。

「デブリの先ってトリナクリアだったかしら?」

「はい。『踊る魚ザンバ』と商標登録されていますね」

「そう言えばトリナクリアのザンバってなんか聞いたことあるわね」


 リンとノルンの会話に、表情と態度は変えないものの、ロビンの耳はぴくぴくぴくぴくと動いて興味津々であることを主張しています。

「ザンバの新鮮な刺身を食べると他の魚では満足できなくなるとか」

「それはお酒も進みそうね」

「地域や食べ方に合わせてお酒も種類がありますね」

「……そこまで言うなら、しょうがないなぁ」

 不承不承の口調で言うロビンでしたが、その尻尾はるんるんと揺れ動き、不機嫌を装った口からはよだれを垂らしているのでした。





「デブリクラスターの視認可能距離に入りました」

 メインモニターに進行方向が映し出されていますが、何かがあるようには見えません。

 センサーでもまだ具体的な位置を把握していないのですが、ロビンにはちゃんと視えているようで、

「右か左か、手薄なのは……ま、同じくらいか」

 呟きとほぼ同時にコンソールに姿勢制御の数字を入力し、一瞬遅れで船体の向きが更新されていきます。


 いくらAIの高度な演算を用いたとしても、レーダーで捕捉しきれない無数の欠片が飛び交うデブリクラスターに入ってしまえば、数分と持たずに船体は虫に食われたキャベツのように穴だらけとなり、スペースデブリのニューフェイスとして宇宙を漂うことになります。


 そんなコンティニューできない弾幕エクストラステージですが、ロビンにとってはさしたる問題でも無いようで、

「あれ、もしかして右の方がザンバに近かった!?」

「大丈夫です。この後SSDを使うのであれば0.1秒程も変わらない距離です」

「んー、ならいいか」

 などとのんきな会話をしながらデブリクラスターの中へと入っていくのでした。

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