Ch. 1 - Seq. 3 : SSD

「ふっ、所詮はゴミだったな」

「何度モニタリングしても、どういう原理でデブリを回避しているのか解析不能ですね……」

「ロビンの他にデブリクラスターを突き進む人っているのかしら?」

「累積記録でも、デブリクラスターに減速せずに突入して、そのまま突き抜けるような航路はロビンのものだけですね」

「AIの累積で他にないってことは……ロビンだけのデタラメスキルってことね」

「ねえねえ、そんなことよりザンバまで後どのくらい?」

 忙しない尻尾の動きと、涎を垂らしている今のロビンを見て、宇宙の死地をくぐり抜けた操舵士だと信じる者はいないでしょう。

「ロビンのSSDで5分の距離です」

「5分かぁ。じゃあ早速SSDでポーンと行っちゃおう! ——ってSSD!? 誰が操舵するわけ!?」

「そりゃあロビンしかいないじゃない」

「ルートの説明を行います」

「異議あり!」


「休みなく働かされるなんて横暴だあ! 休みは権利で義務なんだぞー」

 ジタバタと暴れるロビンのモニター上に、ザンバの画像が泳いでいるものから調理されたものまで20枚ほど次々と表示されていきます。AIの高度な演算で視線を誘導するモニター画像の動きに、ロビンの食欲が涎となって現れてきます。

「……むう、ザンバを持ち出すのはずるいと思う」

「ちなみに通常のSSDでも6時間少々で到着しますので、明日——」

「もうしょうがないなあ! ルートの解析お願いね」

 ノルンの言葉を遮りやる気を出しているロビンに、

「ホントどこまでも自分の欲望に忠実なのは尊敬だわ」

 リンの呆れた声は届きませんでした。





「ルート上の星系は以上となります」

「ありがと」

 ロビンは提示された航路図とピックアップされた障害物リストに目を据えて、

「……なんかこの辺彗星とか流れてない?」

「……確かに近くにありますね。ですが、計算上はルートを外れています」

「ん、じゃあ大丈夫か。いつでも良いよん」

「ではSSDシステム起動します」


 『Split Space Drive』進行方向の空間を切り裂いて、自分の周囲の空間をねじ込んで進むこの航法が実用化されたことで、地球から遠く離れた、光ですら年単位の時間がかかっていた宇宙の隔たりは障害ではなくなりました。それは隣の銀河を隣島のようにし、人類の活動範囲は宇宙全域へと広がったのです。


 そんなSSDですが進行中にある程度以上の質量があると崩壊するリスクがあり、またブラックホールの重力圏に捕らわれれば脱出は不可能なため、数秒ごとに通常航法に戻って前方の障害物やルートを確認しながら進むものになっています。最新AIの観測とシミュレーションを駆使してもSSDで移動し続けると事故リスクが指数関数的に上昇してしまうのです。


 ところがロビンのSSDは折り返し地点まで加速し続け、その後減速して通常航法に戻ったときには目的地付近に到着するという、机上の空論であるはずの最短移動をやってのける、常識的に見ると事故死を目指して突き進む狂気の沙汰なのでした。


「System get ready. SSD空間へ移行します」

「おっけー。じゃあノルンいつものように折り返し地点になったら合図よろしく」

「わかりました」


 そして、微かに見えていた遼遠の星々の光に揺らぎがおこり、程なくして何も見えなくなりました。

 それは移動しているという感覚を伴わない、ただ周囲の景色が消えただけという印象です。


 ただ理論上は空間を分断する際に微かな光の残滓が発生するため、それを感知できれば進行方向の障害物も予測可能ではないかという論文もあります。もちろん予測できることと、衝突を回避できることは別問題です。


 ノルンの知る限り、個人情報を扱う秘匿されたAIネットワーク上ですら、SSDを行いながら前方の障害物を感知して、進路を微調整するなどという実例はロビン以外に存在していません。

 そもそもロビンについては猫族の中でもその行動や思考が特異なので、他の実例がないことはノルンにとってはそこまで大きな問題になりません。むしろ可能性の一つして、もはや猫族ですらない突然変異『ロビン』種という推論も立てているほどです。

 どちらにせよその特異なスキルにより、リンの星渡りとしての活動は他の追随を許さない程に広範囲にわたっていまるのでした。


「いつも思うんだけど、SSDって景色も変わらないしネットも使えないから暇なのよねぇ」

「オフラインゲームがあるじゃないですか」

「うーん、そうなんだけどねぇ。やっぱさすがにロビンが仕事してるのに艦長の私が遊んでるってのも気まずいじゃない」

「そんなものですか」

「そんなものよ」

 そう言って資料を眺めるリンに対して

「私には仕事をしているときのロビンと、そうでないときのロビンの区別が付かないのですが……」

 そう言うノルンの視線の先では「ザンバ」と呟き涎を垂らしながら艦、もとい空間の制御を行っている猫の顔があるのでした。


 手元の仕草は熟達した技師を感じさせるのに、表情やら仕草やらが全てを台無しにしています。

「……さすがにあの顔見ると真面目に考えるのが馬鹿らしくなってくるわね」

 私欲のみで仕事に取り組むロビンの自由さにリンも思うところはあるものの、

「……とはいえ、とりあえずトリナクリアで補給が必要な物資リスト出してくれる?」

「わかりました」

 ノルンの作成したリストから変更点はほぼ無いのですが、他人を働かせて自分は遊ぶということに罪悪感を感じるリンは形だけでも仕事をする事にしたのでした。



 2分30秒後、光速の15万倍まで加速した空間が減速へと転じます。

 そして2分30秒後には通常航法となり、星々の光の粒だけの景色も戻ってきました。

 見た目に大きな変化はありませんが、予定通りさんかく座α星系内に到着しています。

「あー、疲れたぁ」

 全身は完全に脱力しきっていながらも何か、もといザンバを期待して尻尾を忙しなく揺らしているロビンの机へノルンがお茶が差し出します。

「ありがとー。でもせっかくならお茶よりお酒を出してほしいなー」

「まだ着艦作業があるでしょ。それにSSDとしてはいつもより短いじゃない」

「むぅ」

「トリナクリアではザンバが踊りながらお酒を用意してますよ」

「ふへへ」

 ノルンのよくわからない言葉でロビンの妄想は大きく膨らんでいくのでした。

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アクロスザスカイ 滝中 歩 @Ayumu_Takinaka

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