アクロスザスカイ
滝中 歩
Chapter 1 : 星を渡る人と猫とAI
Seq. 1 : 自由気ままな猫族
その宇宙艦はたった一つ、虚空を航行していました。
細長い円錐形の胴体、その中間に環が連結されているフォルムで、遠くから見ると指輪をくぐらせた鉛筆のように見えます。ペンシルリングという愛称で呼ばれたそれは四世代ほど旧式の、重力発生装置すら搭載されていない宇宙艦です。
ライフル銃の弾頭のような胴体には燃料やエンジン、演算装置などが詰め込まれており保守整備はドローンが担っています。
一方のリング状の部分は胴体部分とボーディングブリッジのようなもので連結されていて、回転による疑似重力により乗員が活動しやすいようになっています。艦の制御を行うコントロールルームやプライベートルームなどは全てこのリングの中に詰め込まれています。
銀河団にすら含まれない虚無を進む艦のコントロールルームに、今は誰もいませんでした。
壁に張り付くようにコンソールとオペレーター席がいくつか設置されており、一段高い場所には艦長席、そして半球形の天井から壁面はフレキシブルディスプレイで覆われ、照明やモニターとしても利用可能ですが、今は深い夜空を連想させる紺青が表示されています。
ホログラムのメインモニターには自動航行を示す『AUTO』の表示があり、背景のいくつかのウィンドウで何かのデータが淀みなく無数に流れ、この宇宙艦が正常運航していることを示していました。
なぜ誰もいないのにモニターにデータを映しているのでしょうね?
いや、雰囲気は大事ですね。はい。
さて、艦のプライベートルームの一つでは静かな寝息だけの静寂がありました。
部屋にあるのはクローゼット、腰ほどの高さの戸棚や引き出し、やや広めの机、ゲーム機とぬいぐるみ。それは地上と大差ない普通の女の子の部屋の様子でした。
この安らかな空間を一変させたのは、突然のけたたましい警報音です。
ベッドの少女は嫌々ながら目を覚まし、モニターに表示されている警報の原因を確認すると、
「……ロビンの奴、今度は何をやらかしたのよ」
不機嫌極まった様子で、淡い青緑色のセミロングの髪に残る寝癖を気にすることもなく部屋を出て行きました。
その部屋のドアを少女が開けた瞬間、周囲の隔壁が問答無用で閉鎖されていきました。
「映像が乱れているから念のため船外服を着てきたけど、正解だったみたいね」
火事を疑うほどの煙ですがARに表示される熱源はソロキャンプ用のバーナーほどに小さく、白く煙った倉庫は芳醇な香りで満ちているようです。
少女は煙を吐き続ける四角い箱へ向かって無言のまま歩いて行きました。
そこにいるのは酒盛りに興じている猫でした。シルバーを基調として所々黒いアクセントの入った毛並みをしています。
猫と言っても地上の四足歩行ではなく、宇宙空間に適応し前足を人間の手のように使い言語も習得した『猫族』と呼ばれる知的生命体です。
「……説明してもらおうかしら」
乾いた笑いと共に怒気に満ちた声で問う少女に、燻製の煙にまみれた酒臭い猫は臆した様子もなく、
「おーリン、ちょうど良いところに来たな! まあ飲め」
真夏のバーベキューを連想させる上機嫌さで応えたのでした。
猫の近くには空になった一升瓶が転がっており、それがもうこの猫が出来上がった酔っ払いなのだと語っているように見えます。
その猫族は煙を吐き続ける四角い箱、燻製機の扉を開けながら、
「知ってるか? 世の中には『サンマの塩焼き』というものがあるらしいぞ」
そうのたまいながら燻されたサンマを取り出します。
リンの怒りが深まっていく様子には全く気が付きません。
見た目は愛くるしい猫なのに、やっていることはただの酔っ払ったおっさんです。
「ただここにサンマはあったが、七輪がなかったのさ」
怒りの熱暴走により沈黙するリンの目の前で、当時の気持ちを再現する猫は大きく項垂れて見せた後、
「しかし、その代わりに燻製用のブナチップと焚き火台があったのさ!」
ここで世紀の大発見をしたとばかりに、敗北からの完全復活を表現したのでした。
「これはもう、やるしかないでしょ!」
「何の言い訳にもなってない!」
そしてついに得意満面の猫へ少女の怒声が浴びせられます。
「まったく、最初から最後までツッコミどころが多すぎるわよ」
「だろ!?」
「褒めてない! なんでこの期に及んで得意げな顔してるの!? そもそも燻製道具なんて艦内持ち込み禁止だしロビンちょっとそこに座りなさい」
少女の説教が始まると、ロビンと呼ばれた猫はふてぶてしく耳を畳むやサンマの燻製を肴に、意気揚々と酒盛りを再開するのでした。
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