第2話

照明の熱が、顔にまとわりつく。

スポットライトの中で笑うたび、肌の奥の疲れが浮かび上がるようだった。


「結衣さん、もう一回お願いします!」

監督の声に、私は、反射的に笑顔を取り戻す。

「はいっ!」


カメラが回る。

夫に別れを告げるラストシーン。

涙をこらえる演技をしているはずなのに、頬を伝ったのは本物の涙だった。


——本当は、泣くほどの余裕もないのに。


「カット! 今の、すごく良かったです!」

スタッフの拍手の中で、結衣はふっと息を吐いた。

心のどこかが空っぽなまま、メイクルームへ戻る。

その瞬間、スマートフォンが震えた。


画面には「担任:木村先生」。


嫌な予感が、背中をつたう。

「……はい、池田です」

「悠真くんが、授業中に急に熱を出して。今、保健室なんですが——」


声が遠くなる。

メイクさんの手が止まった。

「すみません……今日、少し早く出てもいいですか?」


現場の空気が、微妙に揺れた。

プロデューサーが腕時計を見て、小さくため息をつく。

「……次のカットまでに戻れる?」

「……はい。なるべく早く戻ります」


タクシーの中、信号が赤に変わるたび、心臓が痛んだ。

車窓に映る自分の顔は、ついさっきまでスクリーンにいた“女優”のままだった。

息子の母である自分と、テレビに映る自分の境界が、どんどん分からなくなっていく。


保健室のベッドに寝ていた悠真は、汗で髪が額に張りついていた。

「……ママ、撮影は?」

「良いのよ。悠真のほうが大事に決まってるでしょ」

しんどいのに息子にそんなことを言わせてしまう自分に腹が立ってしまう。


——どっちの顔も、嘘じゃないのに。


帰り道、私は、病院の処方箋を握りしめたまま、空を見上げた。

撮影所の明かりがまだ遠くで光っている。

その光の中に、自分の居場所があるような、ないような。


休むことを、誰かに許されたかった。

それだけなのに。

世の中は、思っているより働く母に甘くない。

シングルマザーは尚更だ。


「最近、池田さん……現場で落ち着きがないよね」

スタッフのささやきが耳に残る。


メイクルームの鏡越しに、私は、とびきりの笑顔を作った。

「すみません、ちょっと寝不足で」

その一言の裏に、夜通し息子の熱を看病していた現実を隠す。


だけど、そんな言い訳を理解してくれる現場なんて、そう多くない。


次第に、私の出演シーンは減り、セリフも少なくなっていった。

気づけばマネージャーの電話も以前よりも減っていくのを感じる。


15年前。


この世界に足を踏み入れた15歳だった少女の私。


憧れだった歌って踊るアイドル。


グループは一躍有名となり、国民的アイドルへ。


そのチームのセンターとして、毎日駆け抜けたあの日々は青春そのものだった。


卒業後もありがたいことにお芝居やバラエティーの仕事を頂け、なんとかこの世界に生き残ることができた。


そして20代後半。


青春を共に駆け抜けた同士たちは、次々と結婚、出産。


私も彼女たちと同様に普通の生活を送りたい。


そう思って一般人の彼と結婚、そして出産。


幸せになれるそう信じていた。


だが彼の不倫、金銭的感覚のズレなど様々な理由から離婚。


再びこの世界に。


息子を育てて行くため。


仕方がない。


夜明け前に出た家。

寝顔の息子を見て、「すぐ帰るから」と嘘をついた。

撮影現場の空気は、冷たい蛍光灯とコーヒーの匂いで満たされている。


私は、ソファに座りながら、ぼんやりと台本を眺めていた。

セリフはもう、何度も覚えたはずなのに、頭に入ってこない。

文字が滲む。

自分が誰を演じているのかさえ、もう分からなかった。


「——本日、特別出演の佐伯隼人さん入りまーす!」


どこかで聞いたことがある名前が聞こえてきた。

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シングルマザー、育児疲れから逃れるために元カレと再婚し、梨園の妻になりました @1710010129j

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