第14話「CSからの卒業」
## 1
エルピスは水晶球を見つめた。
画面には、祈り(Prayer)が自動的にチケットを処理しているログが流れている。整然と、効率的に、完璧に。
もう、人の手は必要ない。
「ミズキ」
エルピスが静かに言った。
「私たちが作り上げたシステムは──私たちを必要としなくなったわ」
「そうだな」
ミズキは水晶球を見つめた。
そこには、幸せそうな住民たちの姿が映っている。
子供たちが笑い、老人たちが穏やかに談笑し、冒険者たちが希望を胸に旅立っていく。
完璧な世界。
誰も理不尽に泣かされることのない世界。
「それは、最高のCSの結果だと思わない? 」
エルピスが微笑んだ。
ミズキは頷いた。
彼の仕事は終わった。住民の幸福を最大化し、システムを自立させること。それが、管理者の役割だった。
カスタマーサポートの究極の形は、カスタマーがサポートを必要としなくなることだ。
「だったら──」
ミズキはエルピスの手を握った。
「もう、卒業の時間だな」
* * *
## 2
エルピスの目が輝いた。
「卒業? 」
「ああ」
ミズキは神殿の外の世界を見た。
「神殿から。管理者から。『神様と使徒』っていう肩書きから」
彼は、エルピスの手を強く握る。
「俺たちが作ったこの世界で、今度は──『住民』として生きていこう」
エルピスは泣き笑いの表情でミズキに抱きついた。
「ずるい。そんなの、断れるわけないじゃない」
「断られたら困る」
「断らないよ。絶対に」
二人は笑い合った。
ミズキは水晶球に向き直り、最後のコマンドを入力し始めた。
「自動管理モードへの完全移行。それと──俺たちの管理者権限の、永久放棄」
エルピスが隣に立つ。
「一緒に押す? 」
「ああ」
二人の指が、エンターキーに重なった。
そして──押した。
* * *
## 3
『承認されました。高峰ミズキ、エルピス、管理者権限を永久に放棄。
お疲れ様でした。あなたたちの献身に、心から感謝します。』
メッセージは消え、水晶球の光は静かに、ただ世界を映す鏡となった。
神殿が、静まり返る。
もう、警告音も、エラーメッセージも、処理待ちチケットの通知も鳴らない。
ただ、穏やかな沈黙だけがあった。
「……なんだか、寂しいね」
エルピスが呟いた。
「そうだな」
ミズキは神殿を見回した。
ここで過ごした日々。必死にコードを書き、チケットを処理し、世界を守り続けた日々。
エルピスと出会い、彼女を失いかけ、そして取り戻した場所。
「でも、これでいいんだ」
ミズキは微笑んだ。
「行こうか」
ミズキが手を差し出した。
「どこに? 」
「どこでもいいさ。小さな村で、静かに暮らすのもいい。大きな街で、冒険者になるのもいい」
「じゃあ、全部やろう」
エルピスは微笑んだ。
「時間は、たくさんあるんだから」
* * *
## 4
二人は、神殿の階段を降り始めた。
一段、また一段。
その姿は、もう神でも使徒でもない。
ただの二人の人間だった。
手を繋いで、彼らが守り抜いた、不完全だけど美しい世界へ。
「ねえ、ミズキ」
「ん? 」
「私たち、お金あるの? 」
「……ない」
「じゃあ、今日は野宿? 」
「うるさい」
エルピスは笑った。ミズキも笑った。
遠く、村の晩鐘が聞こえる。
二人は笑いながら、村への道を急いだ。
夕日が、二人の影を長く伸ばしていく。
その影は、寄り添うように重なり合っていた。
* * *
## 5
神殿の水晶球は、静かに最後のログを記録した。
```
『システムログ:
管理者・高峰ミズキ、エルピス
ステータス:オフライン
最終ログイン:本日 18:47
総稼働時間:87日と14時間
処理チケット数:13,000件
ユーザー満足度:98.7%
評価:完璧なカスタマーサポートでした。
備考:誰も泣かない世界ではなく、誰かが泣ける世界。』
```
ログは保存され、画面は通常の管理画面に戻った。
水晶球は、静かに世界を見守り続ける。
もう誰も操作することはない。
けれど、そこには確かに、二人の足跡が残されていた。
* * *
夕暮れの道を、二人は歩いていく。
「お腹空いた」
「我慢しろ」
「ひどい」
「明日、何か仕事探そう」
「カスタマーサポート? 」
「もういい」
二人は、笑い合った。
その笑顔と、その愛は、確かに世界を変え続けるだろう。
管理者じゃなく、住民として。
神様じゃなく、人間として。
それが、彼らの新しいカスタマーサポート。
空が、茜色に染まっていく。
二人の旅は、今、始まったばかりだった。
**(完璧なシステムは、俺たちを自由にした。これからは、不完全な人生を、お前と一緒に)**
* * *
第15話「村での新生活(エピローグ)」に続く
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