第6話 これでも結構幸せなんですよ?

「いなくなったって言っても、家に帰ってこなくなっただけでちゃんと生きてますよ」


 襟無は笑顔を崩さない。


「ちゃんと連絡も取れますし、なんなら毎週お小遣いが振り込まれます。便利ですよねキャッシュレスのアプリって。これがあればどこでもってわけじゃないですけど、一人で買い物出来ますし。会わずにお小遣いが受け取れるんですから。置き配もあるんで困りません」


 門限? そんなのありませんよ。

 その言葉を僕は冗談だと受け取って流していたけれど、ただの事実だっただなんて。

 まったく、僕は本当に何を知ってるつもりになってたんだろう。


「まあ聞いてくださいよ先輩。それに涙絵さんも。私、結構楽しいんですよ? こういう非現実っていうか漫画みたいな展開? 主人公になれたみたいじゃないですか。いっぱいあるじゃないですか、不遇な展開から解放されて幸せになる話」


 その言葉を、涙絵は黙って聞いていた。

 僕は涙絵の半生を詳しくは知らないけれど、人柱として放り込まれた沼が無くなって蘇生したなんて笑い話にもならないだろう。その後も過酷な体験があったわけで、幸せなことも当然あったんだろうけれど、それで総合的にプラスということにはなるまい。

 最低でも二度、死んでいるのだから。


「一体、いつからそうなんだ?」

「大体一ヶ月ですかねぇ」


 顎に指を当て、思い出す仕草をする。


「ほら、よくフィクションだといろんな理由で高校生の一人暮らしとかあるじゃないですか。両親が海外で働いてるとか死別とか。実際無理だろって突っ込みながら読んでたんですけど、実際やってみると高校生でもできるんですよね。最初はよく知らずに友達呼んで、えへへ、失敗しちゃいましたけど」

「…………」


 明るく言うが、その失敗の痛みは計り知れない。

 僕はイメージする。

 仲の良かった友人が突然、怯えた風に逃げていく様を。

 そのあとの関係はきっと、壊れたんだろう。

 だから僕なんかに大量の連絡をしてくるのだ。


「でもそんなに寂しくないんですよ。これ言っちゃうと家の恥を晒すことになるんですけど、うちの両親結構不仲でして――今となっては過去形で言うべきなのか現在形で進めるべきなのか判断に困るんですけど、激しい喧嘩こそ無かったですけど、居心地悪い空気はありましたからね。まったく、二人の機嫌を取る私の身にもなってほしいですよ。子は蝶番ちょうつがいじゃないっての」

「それからずっと独りで?」


 子はかすがいだろ――なんて突っ込みを待たれている気がしたけど、あえて無視をした。今はそんなおちゃらけていい雰囲気じゃない。


「独りですよ。ある時を境に二人が家に帰ってこなくなって、それでも連絡とお小遣いだけは二人とも寄越すんですよね。どうして帰ってこないのか尋ねてもお茶を濁すし、お小遣いは貯まるしで訳が分かりません」

「……まあ、その状況で分かれって方が無茶だよな」

「分かれと別れを掛けるなんて、先輩はジョークが上手いですね」

「こんな真面目なタイミングでボケれねえよ。つーか音が同じだよ」

「こんな空気だからこそボケるんですよ。面白くないじゃないですか」

「友達を呼んだ後はずっと独り暮らしなんだな?」


 これまで頑なに口を閉ざしていた涙絵が、会話をぶった切って尋ねてきた。

 大して重要なことには思えないが、それとも涙絵は何かを察したのだろうか。


「親が帰ってこない、友達に避けられた。そこからはずっと独りで違いないな?」

「そうですね。昨日、相馬先輩に会うまではずっと独りです。お店でも、道でも、どこでも」

「そりゃ大変だったな」

「大変ですよ。買い物出来ないお店もまだまだありますからね。その代わりタダで貸し切れるんですから、悪いことばかりでもないですよ。試したことないですけど銭湯に行ったらどうなるんですかね。案外先輩もお楽しみの展開になるかもしれませんよ?」

「……このご時世に銭湯利用する年齢層を考えて言ってくれ」

「お迎えの近い婆さんばっかりだからな。大事になるだろうな」


 僕も大概失礼なことを言っているつもりだったが、涙絵はその上を行った。

 しかし、涙絵の言う通り大事にはなるのは違いない。今でも十分、ニュースになってないのが不思議なくらいの事は起きているけど。


「ちなみに先輩、好きな女性のタイプは?」

「このタイミングで聞くことじゃねえだろ」

「いえいえ、シリアスすぎると私が疲れるんです。それに嫌なんですよ、真面目な空気とか私のせいでつまらない思いされるのって」


 言われて、僕は昨日の襟無の言動を思い出していた。

 言われてみれば常にそんな感じだったか。

 気を回し過ぎ、遣い過ぎているきらいはあったが納得だ。


「これでも結構幸せなんですよ?」


 襟無は笑顔で言う。


「こうなって最初に会えたのが優しい相馬先輩で、二人目が綺麗な涙絵さんなんですから。普通に生活してたら会えないじゃないですか。奇跡ですよ、奇跡。パンドラの箱を開けたと思えばお釣りが来ます」

「無理矢理ポジティブを演じてるようで、見てて痛々しいけどな」

「高校デビューは痛々しいものですよ。実際デビューしたのは制服までですが」

「自虐が痛々しいわ!」

「このまま制服だけデビューして高校は中退になっちゃうんですかねぇ。事情を説明しようにも直接は話せませんし。何年か前ならオンライン授業で対応してもらえたんでしょうけど」

「……そうなる前に何とか解決しようとしてるんじゃねえか」


 どうやって? なんて尋ねられたら答えられないけど、けど何もしないよりは足掻くつもりだ。


「どうして」


 襟無は分からないと言いたげな視線と声音で、僕に尋ねる。


「どうして解決しようとするんですか? 言っちゃあれですけど、ここまで動いてもらって今更ですけど、私、何も返せませんよ?」

「どうしてって、そりゃこのまま知らぬ存ぜぬは気持ち悪いだろうが」


 その問いに僕は堂々と返す。

『どうやって』には答えられずとも、『どうして』に対する回答は最初から持っていた。


「重い荷物持って階段上ってる婆さん見たら、見返りとか考えずに手を貸してやるだろ? やんなかったら後々『なんであの時』って思い返すだろ? だったらやったほうが得だろ」

「…………」

「それに襟無じゃねえけどさ、漫画みたいだろ? 超常現象に悩まされてる女子を助けるなんてさ」


 どちらかといえば、こっちの方が本音に近かった。

 男子なら誰だってヒーローに憧れるはずだ。「名乗るほどの者じゃありません」なんて台詞、一度は言ってみたいと思ったはずだ。

 見返りなんて、こんな状況を労せずに与えてもらっただけで十分だ。

 だからそのためにも、僕はこの現象を解決したい。

 しなければならない。


「まあ見返りっていうなら、こうして付き合ってくれてる涙絵にこそ出すべきなんだろうけどな」


 僕が冗談めかして言うと、


「貰える物ならなんだって貰おう」


 涙絵は真面目な口調で答えた。

 真面目な顔して何言ってんだコイツ。


「こういう生活だからな、病気と借金以外ならなんだって貰うぞ」

「そういうのは結果が出てからじゃないのか?」

「働きに対して正当な対価が貰えないのは御免だからな。先に出せるものは確認しておきたい」


 僕は知らなかったが、どうやら涙絵はがめつい性格だったようだ。

 きっちりしてると言えば聞こえはいいが、何もこのタイミングで言う事じゃないと思うのだけど。さっきまであった好感度だだ下がりじゃないのか?


「なんなら三食昼寝付きでも良い」

「……は?」

「…………?」


 ポカンとする僕と、キョトンとする襟無。

 二人とも理解できずにいると、


「さっき言ってただろ、買い物出来ない店もまだまだあって困るって」


 と、涙絵は揚々と続けた。


「今起きてる現象とやらが何か、俺は見てないからサッパリ分からん。分からんが、困っていることは事実なんだろ?」

「え……ええ、まあ……」


 勢いに負けて頷く襟無。


「なら、その困ってることを代わりにオレがやる。買い物以外にも色々あるだろ。その代わり、オレを泊めてくれ」

「……んな無茶苦茶な――」

「いいですよ」


 苦茶のところまで言い切る前に、襟無は食い気味でOKを出した。あまりにも早い返事に無関係の僕――紹介したのは僕なのでそうとも言い切れない――が一番面食らってしまった。


「いいのかよ。同性とはいえ、巫女服着てるだけでホームレスだぞ?」

「悪いことがありませんよ。どうせ独りじゃ持て余す一軒家なんですから。遠くの親より近くの涙絵さんです。それに先輩が紹介した人じゃないですか」

「……僕はお前らの信用が怖いよ」


 言いながら僕はスマホを取り出す。

 さっきから延々とポケットで震え続けやがって、いい加減鬱陶しい。無視してるんだから諦めろっつうの。

 僕は画面をロクに見ることなく、怒り任せに通話ボタンを押した。


「もしもし?」

「やあやあ巡ちゃんさっきぶり。こんばんは――と言うにはまだちょっと早いかな。ところで今はおうちかい? にしては静かだね。ひょっとしてわざわざ音量を絞ってくれたのかい?」


 電話口の嬉々とした声に、僕は声にならない声を腹の底から吐き出した。

 最悪なことに、電話の相手は烏羽だった。

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『無敵』の女子高生を救えるのは僕だけ 氷見錦りいち @9bird

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