第5話 見合いなら結婚してる
「髪の色でオレだと分かるだろうよ、普通」
「その真っ新な小袖で見えなかったんだよ」
朽ちかけた賽銭箱に腰掛けて快活に笑う涙絵に、僕は対面に立って皮肉を返した。そんな罰当たりな真似、僕にはできない。なんて言うと涙絵は「ここに神はもういない」なんて笑うのだろうけど。
さて、神で髪の話。
涙絵の長髪はシルクのように白いが、元は普通の黒髪だったそうだ。それが人柱にされ、沼へ沈められたことがきっかけで真っ白に変貌したらしい。
千年前はこの辺りが沼だったなんて僕は知らなかったけれど、人柱の因習くらいはさすがに知っていた。
「歴史を断罪できるなんて、きみは神様仏様巡様だったんだねえ」
なんて、烏羽なら嬉しそうに皮肉かどうかもわからない台詞をぶつけてくるだろう。しかし、それが悪だと知っていたから代わりを用いる文化が世界各地に生まれたんだと、僕は思う。
ただ、涙絵にとってはそれが生まれる前だっただけのことで、巡り合わせ――運が悪かったのだと言うしかない。
運悪く人柱として神の供物になり、沼に沈められて。
目が覚めた時には沼が干上がり、世界は様変わりしていた。
それが。
涙絵にとって一番最初の蘇生だった。
「人を遠ざける呪いねぇ……」
僕はここへきた経緯を涙絵に話した。
黙って腕組みしながら聞いていた涙絵は――巫女姿で賽銭箱に座っといて真面目も何もあったもんじゃないが――軽く頭を捻った後、
「わからん」
スッパリと答えた。
……いや、口調がスッパリ潔いだけで、内容はさっぱりだった。
「言っとくけど聞いただけじゃわからない、なんて意味じゃないぞ。皆目見当も付かないって意味だ。そもそも農家の出だからな、呪いの知識なんて無い」
「期待はしてなかったけど、まあそりゃそうか」
「神様にだって会ったことはないしな」
じゃあその不死の能力はなんなんだよと言いたいが、記憶を失っているだけの可能性もある。臨死体験をした人の話なんてよくあるが、臨死体験自体そうあるもんじゃないので、こればかりは涙絵の話を信じるほかない。
「悪いがオレの頭じゃ力になれそうもない」
勢いよく頭を下げる涙絵。いちいち蓮っ葉というか竹を割ったような性格と言うか、男勝りなんだよな……。
「や、僕はお前の頭を借りに来たわけじゃないんだが……。どっちかっていうと借りたいのは顔の方だし」
僕は困惑しつつ返す。
借りたいのは顔と言うか身体をだけど。
涙絵は死なない――というか、死んでも復活する特異性の持ち主ではあるけれど、それだけで、治癒力があるわけでも不老でもないらしい。その証拠に十四歳で人柱になった彼女の今の姿は、成長の差があれど――平均未満の烏羽より一回り背が低い147センチ、巫女服でも分かる程度に
積んできた経験が全く違う二人を比較するのは難しいけれど、他ならぬ本人が言うのだから、『生きている間』は成長するだろう。
それにしても――どうして巫女なんだ。
なるほど、白髪に巫女姿は
しかし、狐面だけは例外だ。
まずここは稲荷神社じゃないし、涙絵は狸顔だ。狐要素がまるでない。
大方、神社だから狐と巫女だ! なんて直結安直な考えで烏羽が用意したんだろうけど、だとしても衣装もお面もコスプレ用のそれとは違い、素材がしっかりし過ぎている。
安物じゃない。
その上で真新しいのだから、新しく用意したとみて間違いない。
一体なにを考えてこんなものを用意したんだ。
まあ、考えるだけ無駄なんだろうけれど……それにしたって普段使いするようなもんじゃ絶対に無いよなぁ。
「前に買ったジャージはどうした?」
廃神社をねぐらにしている涙絵の生活費はその大半を烏羽が捻出しているが、一部は僕も出している。
出しているというか、烏羽に言いくるめられ、僕の足だったクロスバイクを二束三文でリサイクルショップで売ってしまい、全額が涙絵の生活費に充てられてしまった。
そのせいで僕は母親にぶん殴られ、電車通学を強いられているのだけど、回り回って襟無との出会いになってるのだから世の中は不思議だ。
「くくらがコレ着て生活しろって言うんだよ。あとお面も」
「やっぱりアイツか……」
「理由は知らん」
「……分かる奴の方がどうかしてるよ」
僕も涙絵も烏羽に振り回されてばかりだ。
「そういえばくくらは一緒じゃねえのか?」
「今日来たのは個人的な用事だ。あいつはいない」
「そりゃあいい」
烏羽がいないと分かったからか、涙絵は心底嬉しそうな口調で言う。
「アイツといると頭が疲れるんでな。オレの頭は一つしかねえってのに、口が二つあるみてーによく喋りやがる」
「よくわかる」
頷く僕。ここに来る前に経験してきたところだ。
なんならこのまま悪口トークで花を咲かせたいところだけど、それをするといよいよ襟無から文句を言われそうなので、本題に入ろう。
「さっき話した女子っていうのが鳥居のところにいるんだ」
僕が文法通りに区切り、続きを言おうとしたところで。
「わかった」
涙絵はひと言だけ言って頷いた。
「今から会えばいいんだな?」
「……ふた言要らずの示現流みたいな簡潔さには感動すら覚えるけどさ、もっとこう、事情を聞こうとかないのか?」
「そんな事情のある人間をお前は紹介しないだろ。さっきの話を聞けば十分だ」
「たった四回しか会ってない男に対する信用の高さじゃねえよ」
「見合いなら結婚してる」
「いつの価値基準だよ」
「オレの判断基準だが?」
「格好いい!?」
そんな台詞、僕にはとても言えねえ。
巫女服でさえなきゃ本当に格好いいのに。
「不安があるとすれば三日くらい風呂に入れてないことだな。急に来たから人と会う準備が出来てない」
「それ、化粧してないみたいなノリで言えることなのか……」
道理で髪の毛がテカってるわけだ。
普通に口にできるのは価値基準がズレてるのは涙絵だからなのか、それとも時代の問題なのかは僕には分からない。
「言っとくけど、僕の優先順位はお前の羞恥心よりも今言った女子だからな」
「む。そう言われたら仕方ない。従おう」
「物分かりがよくて助かる」
「巫女から侍女にオレはなる」
「……とんだジョブチェンジもあったもんだ」
本当にコスプレみたいな感覚で着てるんだな、それ。
涙絵は立ち上がると、袴に付いた汚れを手で払った。
むしろ汚れが広がっただけのような気がするが、余計なことは言わない。僕は先導するように涙絵の前を歩く。
これで襟無が帰ってたら僕は泣くところだったが、襟無は相変わらず鳥居の前で自転車に跨り、スマホをいじって待っていた。
待っていたというか、意識が完全にスマホに入ってるようでこちらには全く気付いてない。
「……今んところ変わったところは?」
僕が尋ねると、
「特に問題はないな。触ってるのはスマホか」
涙絵は、襟無を認識した上で逃げることなく答えた。
襟無の現象に距離は関係ないというのが僕の仮説だ。
離れていても避ける人がいる一方で、結構なところまで近付いてくる人もいた。
だから襟無に気付いてしまったら逃げていく、と言うのが現象の症状――規則なのかもしれない。
その中の例外が僕であり、涙絵だと思っているが、今のところ僕の予想は当たっているようだ。
それにしても。
「よくわかったな」
スマホの存在なんて知ったのは本当にここ最近だろうに。
「そりゃ生きやすいように
「そりゃ勉強熱心だ」
「あと、くくらがあれこれ教えてくれるからな……」
うんざりしたような表情だった。
『教えてくれる』のではなく『教えてくる』の言い間違いなんだろう、たぶん。
「こっからさらに近付くから違和感があったらすぐ言ってくれ」
「随分と慎重だな。戦闘訓練みたいだ」
「いや、僕の予想が外れてたら外れてたでも知りえることは知っておきたい。試せることは試しておきたいんだよ」
「なるほどな」
わかった。
と、短く言って涙絵は颯爽と一歩踏み出し――
「逃げ出さなきゃ問題ないのだな」
堂々とした態度で鳥居を
「巫女姿でそんなガサツな歩き方するんじゃねえ!」
僕は思わず全力で突っ込んでしまった。どこまで雄々しいんだ。
今まで気付かなかっただけで、ひょっとしたら僕は巫女フェチなのかもしれない。
周囲に清楚な女子がいないからそういうのに憧れてるだけかもしれないけど。
僕の声に襟無はビクッと肩を震わせると、すぐそばに涙絵がいることにようやく気が付いた。最近の若者はスマホばっかりいじってるなんて苦言を呈されるけど、そこまで接近されて気付かないなんて、なるほど、文句を言われてもしょうがないのかもしれない。
遅ればせながら僕も襟無の元へ向かう。
涙絵は不躾にもジロジロと、あるいは堂々と襟無を検分する。
襟無は怯えた目で僕に助けを求めてきたような気がしたが、ちょっとの間我慢をしてもらおう。
傍目には白髪巫女にガン飛ばされてる女子中学生にしか見えないが、ともあれ、これで涙絵は例外の側だと確定した。
「うん。特に何にも感じない、な」
「な、なんですか……て言うか、誰なんですか?」
「オレは涙絵だ。巡に頼まれてここに来た」
★☆★
「まさか素敵白髪が地毛だなんて! まさに捨てる神あれば拾う神あり、禍福は糾える縄の如し。正直先輩じゃ不安でしたけど、二人目が涙絵さんでよかったですよ! あ、お写真いいですか?」
お前はどこから来たヒーローなんだよ。みたいな名乗りを涙絵が上げた後、僕は初対面の二人を改めて紹介した。襟無は襟無で素直だし、涙絵は涙絵であの性格なので、襟無の中であったと思われる悪い印象は吹き飛んだらしい。いつの間にか撮影会に移行してるし。
僕もなんだかんだ言ってしまったけれど、格好が似合うのは事実だし、襟無のテンションも分かるというものだ。
一方で、被写体にされている涙絵はなんとも難しそうな顔をしていた。
鬱陶しいのとは訳が違うようで――烏羽という鬱陶しさの代表がいるので、僕には違いがわかる――どちらかと言えば悩んでいるようにも見える。かといって夕飯の心配でも無いだろう、なんて決めつけるのは早計か。神社でホームレス生活をしてるわけだし、僕の知らない苦労はいくらでもある。
そんな顔でもお構いなしにパシャパシャと連写する襟無も襟無だが。
それが気に食わなかったわけでは決して無いだろうが、涙絵は襟無の方を向いて、
「苗」
と、短く、しかししっかりと意志を込めて呼んだ。
その真面目な態度に襟無はカメラを止めて応対する。
「なんでしょう?」
「さっきオレが二人目だって言ってたよな」
「言いましたね」
「親はどうした?」
「親?」
思わず僕が口を挟んだ――挟んでしまった。
仕方ない。この時の僕はそんなことを全く意識していなかったのだから。ちょっと考えればわかりそうなものの、それができてなかった僕は、間違いなく配慮が足りてなかった。
頭にクエスチョンマークが浮かんだまま、僕は続けた。
この時、空気を読まない着信がスマホを震わせたが僕はスルーした。疑問の解消が優先順位は上だ。
「親ってなんの話だ?」
「親は親だよ。オレと違ってお前らにはいるだろ」
涙絵は馬鹿を見るような目を僕に向け、
「オレが言うのもなんだけどさ、こういうわけのわかんないことになったら、最初に頼るのは自分の親だろ? そいつらはどうしたんだってハナシだ」
語気を強めた。
言われて、僕はようやく気が付いた。
そりゃそうだ。こういう事態になったらいの一番に頼るべきは見ず知らずの僕でも、ましてや友達でもなく、親のはずだ。
……いや。
というかそもそも、いつからこうなっていたんだ?
「んで、苗。親はどうしたんだ?」
詰問と言っても差し支えない涙絵の言葉に襟無は、
「いなくなりましたよ」
相手を困らせたくないための悲しい笑顔で、短く答えた。
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