第4話 白髪巫女
烏羽が神社からミイラを引っ張り出した事件、この話には続きがあった。
続きと言うか、荒唐無稽な事件の本命である。
僕だって目撃していなければ、鼻で笑って相手にしない。
ミイラが人間として蘇っただなんて、誰が信じられるか。
しかし現実として、彼女は生きて神社で生活しているのだ。
神社にどうして人間のミイラがあるんだとか、どうして烏羽はそんなものを引っ張り出したんだとか、そもそもミイラが蘇るってどういうことだよとか。
少なくとも、僕の知る範囲では神道とミイラに関連性はない。日本でミイラと言えば即身仏があるけれど、こちらはその名の通り仏教で、神社と寺の違いを今更説明するまでもないだろう。
そんな曖昧尽くしの中、唯一明確なのは、ミイラの蘇生はそのミイラ本人の資質によるもので、烏羽には蘇生能力なんて無いということだけだ。いやいやよかったよかった。そうでなければ世界はアンデッドで溢れかえるところだった。
めでたしめでたし。
「――で、その元ミイラの
僕はボロボロの鳥居を指差した。
緑に苔むした石の鳥居はところどころ欠け、枯れた蔦がそのまま絡まっている。立派なのは鬱蒼と生い茂る樹木と雑草くらいで、真っ赤な夕焼けの背景が二度と戻れなさそうな雰囲気を出して、僕の目にすら不気味に映る。
午後四時四十分。住宅地と農地の境にある神社の前に僕と襟無はいた。
駅から遠いこの辺りは人影なんてあってないようなものなので、襟無の現象が今も続いているのかは不明だ。
仮に消えていたとしてもこの神社の影響ではないだろう。ここにもし霊験があるのなら、僕も烏羽もとっくに呪われている。
襟無は昨日と違って私服だった。
デニムパンツにパステルカラーのパーカーとキャラ物のシャツ。そして荷台付きママチャリ。なんというか、垢抜けてない感じがあった。
「それで、ここで何をするんですか?」
自転車に跨ったまま、襟無は小首をかしげる。
「話を聞く限りその涙絵さんが関係してそうですけど。神頼みでもするんですか?」
「起きてること考えれば神頼みしかないようにも見えるんだけどさ、涙絵に霊力みたいな力は無いんだとさ」
「力が無いのに蘇生したんですか?」
「蘇生するだけの能力はあるらしい」
「はぁ……」
「そんな露骨にがっかりするなよ。死者蘇生だって不老不死と比肩する人類の夢だぜ?」
「夢だぜ? って先輩がドヤ顔してどうするんですか。先輩は何もしてませんよ。そしてこれからも何もできません」
「さらっと僕を無能扱いするな」
「お着替えもできません」
「お着替えっていうな」
「彼女もできません」
「まあ、否定できねえ」
「…………」
烏羽なんかとつるんでる時点で僕は諦めている。
つるんでるのは救われた恩義があるからなんだけど。
それはさておき。
「やるのはちょっとしたテストだよ」
気を取り直して僕は説明する。
「助けるなんて言ったって僕には近付ける以外に能は無い――無能じゃねえかって話ではあるんだけど、じゃあなんで僕が近付けるのかって話になるだろ? そのなんでに対するアンサーが元ミイラの涙絵にあるんじゃないかと思ってる」
「と言うと?」
「さっき言った通り、涙絵のことを知ってるのは僕と烏羽、そして本人だけだからな。僕が他の人と違うところなんてそれしか無い」
少なくとも千世高校の生徒が条件でないことは昨日の時点で分かっている。
逆説的に襟無の知人かどうかも条件に入っていない。
そして偶然にも、僕は超常現象を体験していた。
「つまり、その涙絵さんに会ったら何かしら変わるんじゃないかってことですか?」
「話が早くて助かる。つっても当てずっぽうだし、ひょっとしたら全然違うって可能性もあるんだけどな」
「ふむ……」
襟無は腕を組み、
「んー……」
と唸った。
なにか分からないところでもあっただろうか。自分でも言ってたように、ここの本殿をねぐらにしてる涙絵に会いに行くだけのことだ。人見知りでもない限りは難しいことは何もない。
それとも蘇ったミイラと聞いて包帯の化物を想像しているのだろうか。
だとすれば色んな意味で夢を壊しかねない。
「その涙絵さんをここまで呼ぶのは駄目なんですか?」
「この距離をわざわざか?」
「や、用があるのはこちらなんだから出向くのが筋だ、っていうのは分かるんですよ? 私もそこまで礼儀知らずじゃありませんから。ただ現実問題として、先輩の予想が外れた場合、向こうもすごい迷惑だと思うんですよ」
「確かに。最悪この林の中に逃げ込む可能性もあるか」
「当てずっぽうの時点で外れの可能性の方が高いわけですし、それなら事前に説明して、ここまでご足労してもらった方がお互いにメリットあると思うんですよね」
「…………」
あまりに真っ当な意見過ぎてびっくりした。
そんな意見が襟無の口から出てくるなんて微塵も考えてなかった。
僕が勘違いしてただけで、実はすっげえ頭がよかったりするんだろうか。その割には口の悪さで損してる気がしないでもないが。
「……ん? じゃあ結局僕が一人で行くのか」
「お願いします」
頭を下げられてしまった。
本当は怖いだけじゃねえの? と一瞬だけ疑ってしまったが、反論もないので素直に風化した鳥居を
潜ったところであちらとこちらの世界が分断されるわけでもなく、なんとなしに振り返ると、襟無は何を考えているのか僕の方をじーっと眺めていた。
まさか僕の姿が見えなくなったら帰る――なんてことはしないだろう。そう信じてるからな。
薄暗い鳥居の奥はいつでもジメジメと湿っている。
枝葉に遮られて日の光が入らないこともあるが、元々は沼地だったこともあって水捌けが悪い土壌なんだとか。特に今は雪融けも手伝って更にぬかるんでいる。
この神社は元々水神――竜神様を
仮に聞いていたとしても、その直後のインパクトで吹き飛んでいただろうけど。
本殿からミイラを持ち出すなんて、誰が予想するか。
「……あ?」
ボロボロの参道を途中まで歩いたところで、異様なものが目についた。
実を言うとここに来るのは今日で四回目なのだが、それでもそんなものを見たのは今回が初めてだった。
巫女だった。
真っ赤な袴に真っ白な小袖。
顔には狐の面を真横に被って――というよりも付けている。
そのせいで顔は見えないが、ともかくその巫女は、雪融けでぬかるんだ地面にしゃがみ込み、せっせこせっせこ草むしりに勤しんでいる。
……なんだろう。
神に仕える巫女が神社を綺麗にするのは何一つ間違ってないんだけど、果てしなく色々と間違っている。
仮にも竜神祀っていた神社で狐面はおかしい! とか。
巫女といえば箒で掃き掃除に決まってるだろ! とか。
そもそもそんなしゃがんだら泥で汚れるだろ! とか。
言いたいことが多すぎる。
神社だから巫女になってみました感がすごい。
できることならそんな人間と関わり合いたくないが、しかし場所的に背後を通らざるを得なくて、無視して通り過ぎるのも、気付かれずに通り過ぎるのも難しい。
万が一にもこの元神社の関係者だったりしたら挨拶の一つでもしておかないと、ここに住んでる涙絵のこともあるし、本当にどうしようか。
なんて、文字通り二の足を踏んでいると、
「お」
と、偶然なのかそれとも僕の気配に気づいたのか、巫女はこちらを振り向いた。
それまで小袖に溶け込んでいた白い長髪が揺れ、お面で隠れていた若々しい相貌が見え――僕は顔を押さえた。
「おお、
涙絵は立ち上がって、いい笑顔で泥まみれの手を振った。
……できれば気付かずに通り過ぎたかった。
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