第3話 最低最悪のクラスメイト
いない人間の悪口を言うようで気が引けるのだけれど、しかし、事実として
誇張でも比喩でもなく、事実として嫌われている。
三年生の引退を待たずに文芸部を廃部へと追い込んだ『
先月の春休みには廃神社の本殿に潜り込み、
よくもまあ停学にならないものだが、「留年されるくらいなら卒業させた方がマシ」なんて噂も聞くので、烏羽も退学ギリギリのラインを狙っているのかもしれない。
詳しくは知らないし、知りたいとも思わないが。
そんな烏羽は放課後、文芸部改め文芸同好会の会長として、図書室上階に併設された勉強用ラウンジで一人活動している。
階も違ううえ、壁でしっかり区切られているこのラウンジは去年まで憩いのスペースだったのだが、件の事件以降、烏羽以外誰も寄り付かない曰く付きの場所となっている。
そしてその場所に、烏羽はいなかった。
不用心にも長机に荷物と大量の本を広げたままで離席しているらしい。
鍵もかからないのに不用心な気もするが、さすがに貴重品くらいは持ち歩いていることだろう。
しかしこれは幸いだ。
理想以上の展開と言っていい。
これで今日の運を使い果たしてしまった気分だが、それでも十分お釣りがくる。
これからの計画を実行するのに烏羽の動向が不安だったが、学校に残っていることが分かれば十分だ。余計な会話をして神経を擦り減らすのかと頭を痛めていたけど、まったく、日頃から徳は積んでおくものだ。
この運が尽きないうちに身体を翻し、ラウンジを下りて図書室を離れた。それから周囲を確認し、襟無に電話をかけた。幸運が続くうちに僕は事を進める。
「どうしたんですか先輩?」
襟無は二秒で通話に出た。
常にスマホ見てるのかコイツは。
「襟無、今日暇か?」
昇降口へ向かいながら単刀直入に尋ねた。
「私はいつだってひまんちゅですよ? こんなんですからどこにも行けませんし――ああ、ひまんちゅっていうのは肥満にキスって意味じゃなくて、暇人を沖縄風に言い換えたスラングでして、私は誓ってデブじゃないです」
「別にデブなんて思ってねえから心配するな。病気みてーに痩せてるよりは多少丸い方が男子的には良いと思うぞ。それよか門限とかって大丈夫か?」
「門限? そんなのありませんよ。補導もされないので安全に出歩き放題です」
ポジティブに言う襟無。
よくもまあそんな前向きになれるものだ。
「こんな時間から夜のデートなんて先輩、ひょっとして――」
「ひょっともしねえしデートもしねえよ。勝手に話を進めんな」
「こんな美少女相手にデートの誘いをしないなんて、先輩の性癖どうなってるんですか」
「どうかしてんのはお前の頭だよ。なんで付き合ってもねえ後輩とデートするんだよ」
「私と付き合えば行列とは無縁の生活が送れますよ?」
「行列の先も無縁じゃねえか」
無縁と言うか無人だ。
「その現象のことでちょっと調べたいことがあるんだよ。今送った地図、見れるか? 学校からそう遠くない神社なんだけどさ――遠くないって言っても駅とは反対だしひょっとしたら遠いかもしんないんだけど、これから来れそうか? 厳しいようなら日を改めてもいいんだけど」
「おやおや、先輩は人の話を聞かないんですか?」
電話の向こうで挑発的に言う襟無。
昨日反省したばっかりだろうに、どうしてこいつはこうも煽ってくるのか。反省したらリセットされる仕組みでもあるのか。
「私は門限の無い、言わばアンリミテッドな女ですよ? 来いと言われりゃ火の中水の中獅子身虫の中、どこでも馳せ参じましょうとも」
「僕には後輩を
正しくは獅子身中の虫。
「要は大丈夫なんだな? 僕は歩いてくから五時前くらいになりそうだけど、本当に大丈夫なんだよな?」
僕は念押しして確認する。
襟無が来なかったとしてもできることはあるので無駄にはならないが、今日の幸運が無駄になるのはもったいない。
「心配しないでくださいよ先輩。私に二言はありません」
「いっつもひと言多いと思うんだが?」
ひと言と言わずふた言もみ言も多い気がするが、それこそ昨日の今日で襟無のなにを知ってるんだと言われかねない。
僕は「頼むぜ」と言って通話を切った。襟無は最後余計なことを言っていたような気がするが、必要なことがあればまたメッセージを飛ばしてくるだろう。スマホをポケットへしまい、外靴へ手を伸ばす――
「おしゃべりは終わったかい?」
背後のハスキーボイスに、呼吸が一瞬止まった。
心臓が破裂するかと思った。
むしろこのまま倒れたほうが後の展開的によかったまである。
身体が金縛りにでもあったみたいに動かない。
僕の返答を待つことなく、彼女――烏羽は語る。
「いやいや、
僕の心境を無視し、烏羽は背中に向かって立て板を濁流で飲み込むような勢いで
僕は当然、全部聞き流していた。
ああ、短い幸運だった。
悪いことなんて何もしてないのにどうしてこうなってしまうのか。いや、石竜の前で不真面目な態度取ってたし、そこで徳が相殺されたか。
僕は諦めた心地で体を反転させて、足元へ靴を落とした。倒れた靴を足で直しながら烏羽に目を向ける。
何が楽しいのかニコニコしやがって。このおかっぱ眼鏡、いつから後ろにいたんだ。
「背後から急に声かけるのをやめろよ。心臓に悪い」
出方を
「それはすまなかったね。けど、背後から声をかけずにどうやって気付かせたらいいんだい? ボディタッチが望ましいというのであればやぶさかではないよ。さすがに前に回るのは難しいかな、知っての通り足は遅いんでね。恨むべきは烏羽家の血筋さ。見ての通りつるん・ぺたん・ぴったんこが烏羽の血でね、将来に希望が持てないのがつらいところさ。血は争えないなんて言うけど、血の恨みは文字通り骨髄にまで徹してしまうよ――ああでも、老いても童顔でいられるのはメリットかな。私服だと中学生に見られるし」
「……そこまで聞いてねえよ」
「彼女持ちの前でアピールするには時すでに遅しってところかな」
祝うと言った直後に平気で呪詛を吐くのが烏羽である。
もっとも、どっちも本気じゃないと分かっているので僕も気にしないが。
「つーか何の用だ。僕はもう帰るとこなんだよ」
「うん? 用があったのは巡ちゃんの方じゃないのかい?」
きょとんとした顔で烏羽は言う。
「図書館を出て周囲をキョロキョロしてたから、てっきり探されているんだと思っていたんだけど」
「……声かけるんだったらその時点で声かけろよ」
「言ったろう。足が遅いんだよ」
得意げに
「通話中に話しかけるような非常識なんて持ち合わせてないのでね、終わるのを待ってたらこんなところにいた。とまあ、説明すればなんてことない話だね――ああ、プライバシーには当然配慮しているよ。他人の私生活を覗くような趣味は無いからね」
最後だけは絶対嘘だ。覗いて暴くまでやるのが烏羽だ。
となると僕の会話も当然筒抜けだったと考えるべきで……まずいな。神社の話をしてしまってる。しかも大まかな場所まで説明してるし、間違いなく食いつかれるか。
僕が襟無に指定した神社は何を隠そう、烏羽がミイラを発掘した曰く付きの廃神社である。
そこに襟無の現象に関するヒントがあると思い案内したわけだが、僕としては烏羽に関与してほしくないのだ。
もっと言えば、襟無と接点を持ってほしくない。
新入生に危険人物を近付けたくない。
そんな極めて正常で常識的な判断によるものだ。
ただ、僕の考えが正しければ、烏羽は襟無に近付ける。
だからこそ知られないよう動向を探ろうとしていたのにこの様だ。
いや、まだバレたと決まったわけじゃない。僅かな可能性に賭けよう。
「それで、何の用だったんだい?」
「大した用事じゃねえよ。グループワークの課題を忘れるなって言いに来ただけだ」
「なるほど? 一緒にやってたみたいだし、きーとんちゃんからの指示かな。であれば彼女の顔を潰さないように立派なものを用意しなきゃいけないね」
「そんなところだ。じゃ、僕は伝えたからな」
「ああ待ってくれ」
この上なく自然な素振りで逃げ帰ろうとしたところ、裾を掴まれて阻止された。
「昨日、きみの使う駅で奇妙なことがあったらしいけど何か知らないかい? 時間帯的にきみがいた頃のはずなんだが」
「奇妙なこと? お前より奇妙なもんはねえよ」
「手厳しいことを言うねえ」
烏羽はにこやかな顔で肩を竦めた。本来の意味でポーカーフェイスだ。その手の心理戦やらせたらどこまで勝ち上がるのか、興味本位でやらせてみたいものだ。
「思い出したら教えてやるよ」
「そうかい。それじゃあ事故と悪い人には気を付けて。またね」
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人を寄せ付けない孤独な女子高生を主人公が救う王道のお話です。
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