第2話 友達だから
「前々から思ってたことだけど、
「良い人っていうか、都合のいい人? わたしが言うのもなんだけどさ」
「……本当にお前が言うのもなんだよな」
翌日の放課後、僕は石竜に誘われてパソコン室でグループワークに取り組んでいた。グループにはもう一人、
クラスの副委員長、
文化祭は当日よりも準備期間の方が楽しいと思っているタイプで、僕とは真逆の人間。だからこそ僕や烏羽みたいな余り者をグループに引き入れるのに気後れしないのだろう。
明るく善人だが嫌味なほど成績がいいわけではなく、侍みたいな長いポニーテールが似合い、そのうえ身長も僕と同程度にあるのだからカーストの上位にいるのも頷ける(石竜の身長が高いのであって、僕の身長が低いことを意味しない。これからが伸び盛りだ)。
「ちゃんと課題やってくれれば文句は言わないんだけどね」
言って石竜は僕の手元――分刻みで震えるスマートフォンに目を向ける。
「それでも今くらいは彼女とのやりとりは控えて欲しいな」
「彼女? 違う違う。ただの後輩」
僕が否定すると「そうなの?」と、石竜は首をかしげた。
「もしも彼女だったら許してくれるのか?」
「んーん」
石竜は首を横に振り、
「十万円払ってスマホ叩き割る」
笑顔で答えた。
ただし笑っているのは顔だけで、声は真剣そのものだった。眼が笑ってない。
僕は肩を竦め、スマホをポケットへしまった。
弁解したってしょうがない。
あんなの説明したところで、理解してもらえるとも、ましてや信じてもらえるとも思えない。
僕は昨日のことを思い出す。
コンビニを出た後、僕らは駅を離れ、市街地まで足を伸ばした。
駅から人が消えていく様を見た後でも尚、僕は半信半疑だった。
そんなわけあるかと、襟無の手を引き外へ出たのだけど、結果は何も変わらなかった。
むしろ大失敗だった。
年齢も性別も見た目も全く違う通行人が、まるで示し合わせたかのように逃げていくのだ。
人だけならまだしも、動物まで逃げていくのだからいよいよ笑えない――駅前のハトが一斉に飛び立った時にはさすがに笑ってしまったが。
一時間歩き回って僕らが得たものは、誰からも忌避される苦痛と、襟無の主張を裏打ちする現実だけだった。
疑って傷付けるだけで何の成果も出せない、どうしようもない僕に対し襟無は、
「先輩に会えたのは今日一番の収穫ですよ」
と、気丈に笑顔で振る舞ってみせた。
あんな状況で他人を気遣える人間は間違いなく良い奴だ。
そんな良い奴が理不尽な目に遭うのは気に入らない。僕しか力を貸せないのなら協力しよう。
と思って連絡先を交換したのだが、電車に乗ってからも家に着いてからも、なんなら寝る間際までメッセージはひっきりなしに飛んできた。
『先輩ん家の晩御飯なんですか? ちゃんと魚食べてます?』
なんてどう見ても煽りだろみたいな内容に始まり、今期のドラマの話とか読んでる漫画がどうとか、そんな他愛ない、はっきり言って中身のないメッセージばかりが。
女子が会話好きなのはイメージとしてあったけど、ここまで飛んでくるのが普通なのか。
そう考えて石竜に尋ねた結果が、冒頭の「基本断らないよね」だった。
つまり普通じゃないよということなのだろうが、悲しいかな、交友関係が薄い僕は普通を知らないのだった。
まあでも、昨日今日知り合ったばかりの男にこれだけ送るのは普通じゃないか。
高校に通うのは無理だとしても先月までは中学生だったわけで、その頃の友達はどうしたのだろうか。
「石竜はさ、中学ん時の連絡先って残ってる?」
ふと思い、真面目に打鍵中の石竜に尋ねてみた。
人の良い石竜は「課題やれ」なんて頭ごなしに怒ることはせず、
「あー……残ってはいるけど、基本やりとりしないよね。グルチャも五月入る前には音沙汰なくなったしね」
と、手を止めて渋い顔で答えた。
そりゃ学校が変われば関係も終わるか。
「そういう相馬は?」
「高校からのデビュー」
「あー、なるなる。何人かいたねえ」
腕を組んでしみじみと言う。
「スマホある無しで関係とかにだいぶ差があったけど、相馬はどうしてたの?」
「僕は上手く立ち回ってたよ。今と違ってまだ余裕があったからな」
「今と違って……ねぇ」
意味深に呟く石竜に、僕は肩を竦めた。
「そういえば、相馬みたいな人ってクラス会の連絡とかはどうするの? 同中の人から聞く感じ?」
「知らん。僕はあったかどうかも知らない」
「うわ、さみしー」
石竜は顔に手を合わせ茶化してくる。
「知らなきゃ無いのと一緒だよ。仮に聞いても知らなかったことにして無視する」
「高校も?」
「高校も」
僕がそう言うと、石竜は「ふーん……」と頷いて、自分のスマホを取り出しポチポチ操作し始めた。
人には厳しいことを言っときながら――なんて思っていると、僕のスマホに『きーとん』と称する謎の人物からの友達追加申請が入った。
にこにこと勝ち誇った風に笑う石竜。
「これで同窓会に来れないって理由は消えたね」
「どうだろうな、僕からブロックする可能性もあるぞ」
「されたら泣く」
「そんな程度で泣くなよ。どうせクラス替えしたらひと月くらいで忘れるんだろうし」
「ひどっ!」
言いながらもけらけらと笑う石竜だった。
仕方ない、追加しといてやろう。襟無と違って時間問わず飛んでくることもないだろうし。
おっと、そろそろ時間か。
僕は作りかけの資料を保存し、使っていたパソコンの電源を落とす。
「あれ、もう帰るの?」
「さっき言ったろ、今日は都合があるんだ」
「言ったっけ?」
「来る途中で言ったよ。まあ、その前に図書室に寄るんだけどさ」
「あー……」
図書室というワードにピンときたようで、これまで笑顔だった石竜は一転難しそうな顔になった。
人の良い石竜でもそういう顔になるよな。
でも気持ちは分かる。よく分かる。
「烏羽も一応同じグループなんだし、会ったら伝えておくことはある?」
「……あー、えー……うーん……」
腕を組み、苦虫でも噛み潰したような顔でのけぞって唸ったあと、
「誰が言ってもしょうがないとは思うけど、成果物は共有してね、ってくらいかなぁ……」
答えと共に絞り出したような声を出した。
善良な石竜でさえ渋い顔をしてしまう。烏羽はそういう女だ。
むしろ問題児を二人も引き受けたことを石竜は誇っていい。それこそ無視してもいい話だ。
そこまで考えたところでふと思いつき、浮かせた腰を椅子に下ろして尋ねた。
「無視するのと避けるのって、具体的にどう違うんだと思う?」
「はい?」
石竜は首をかしげた。さすがに唐突過ぎたか。
「あ、いや――」
「烏羽さんの話……? じゃないね、たぶん」
軽い疑問のつもりだったのに、神妙な顔で続ける。
「もちろん相馬の話じゃないだろうし……、流れ的にはそのやり取りしてる人の話?」
「ああ……まあそうなんだけど、そうじゃないっていうか、そんなシリアスに取り合わなくてもいいっていうか」
「そこまで言うなら深くは突っ込まないけどさ」
僕の意見を尊重してくれたのか、石竜は背もたれに体重を預け、少しだけ落ち着いた表情を浮かべて、
「うーん……無視と避けるのとじゃ、目的が違うんじゃない?」
と、続けた。
「いないものとして扱うか、近付かないか。パーソナルスペースに入られても耐えられるかどうか、とか?」
「それだと避ける方がより悪い感じだな」
「最初からいない者として扱う方が悪質にも見えるし、そこはどっちもどっちじゃないかな。なにより、やられる側からすればどっちも嫌でしょ」
「そりゃそうだ……んじゃあさ、する側の気持ちってどうなんだろ」
「人の悪意ってあんまり分かりたくないけど――って言っちゃうとさすがに偽善が過ぎるか。わたしも苦手な人はいるし……」
困ったような、悲しそうな表情で、
「まあ、被害者感情はあるかもね」
言いにくそうに言葉を濁した。
被害者感情。
自分が人を傷付けてる自覚があるからこそ、そんな風に言い澱んだのだろう。
「わかった、ありがとう。それとごめん」
「ごめん?」
「言いにくいこと聞いたとか、色々」
僕はもう一度立ち上がり、パソコン室を出た。
僕が腰を下ろしたのは質問したかったんじゃなくて、ただ烏羽に会いたくないだけだったと、廊下に出てから気が付いた。
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