『無敵』の女子高生を救えるのは僕だけ
氷見錦りいち
第1話 ぼっち体質
「先輩はコーヒーよりもアイスって感じですよね」
セルフレジで会計を済ませると、何がそんなに嬉しいのか、
「ちなみに私は抹茶アイスが好きです。日本人ですので」
言って、能天気に隣へ座り、当然のようにカップアイスを僕の前に寄越した。
僕は静かに溜息を吐いた。
イートインスペースに無理矢理座らせた身としては気が気じゃない。
ガラスの向こう――改札口付近は、人身事故のあおりを受けた帰宅難民がわらわらと
そんなところで時間を潰すくらいならどこかで休憩すればいいのに。
なんて僕の思考とは裏腹に、ガラス一枚隔てたこちら側――コンビニは不気味な程に静かだった。
当然か。
僕と襟無以外、誰もいないのだから。
「なあ襟無」
「はい襟無です」
「……どういう応答だよ。電話じゃねえんだからさ」
「おっと、失礼しました。先輩は隣にいるのでした」
襟無は自分のよく分からない応答を誤魔化してるつもりなのか、横髪をかき上げる仕草をする。
一発で耳にかかればクールで格好良かったのかもしれないけど、残念ながら彼女のショートボブでは難しかったようで、五回目にしてようやく落ち着いた。
顔が赤いのは、まあ指摘しないでおこう。
赤の他人にそこまで指摘できるほど僕はコミュニケーション強者ではない。それに気にすべきことが他にある。
電車再開までの時間を潰そうと駅ナカのコンビニへ入ったら彼女しかいなかった。
ただそれだけの、文字通り行きずりの関係である。
とはいえ、襟無は同じ高校の一年生だから先輩後輩の関係でもあるのだけど。
何故そんな相手に僕はアイスを奢られているのだろう。
そして店員はどこに行った。
そもそも客はどうした。
「どうしました?」
「トイレ」
カップアイスも荷物もそのままに立ち上がると、僕はコンビニを出た。
人混みを縫うようにして僕はざわつく改札前のホワイトボードへと近づく。何人かは僕を迷惑そうに、あるいは申し訳なさそうに避けてくれ、目的地へはスムーズに辿り着けた。
僕はそのまま適当にホワイトボードを眺めたフリをして、また同じように人混みを抜けてコンビニへ戻った。
少なくとも僕の存在は認識されているらしい。
安堵と新たな疑問を抱えて戻ると、襟無は何食わぬ顔でアイスを食べていた。
「トイレなら隣のお店にありますよ」
「知ってる。トイレはただの方便だ」
「トイレだけに?」
「……勝手にボケにするな」
溜息交じりに席へ戻る。
僕ら以外誰もいないコンビニなんて異常と言えば異常だけど、オカルト的な可能性に至るのはさすがに時期尚早だった。現実的な可能性はまだ全然ある。
「ひょっとしてだけど、ここのオーナーの家族だったりする? あるいは店長を買収したとか」
これもありえないと思いつつ尋ねると、襟無はスプーンを咥えたまま首を横に振った。
「店長も店員も知りませんよ。赤の他人です」
「……そっか」
「買ったのはこのアイスだけですよ。無人レジ様様です」
「無人レジねぇ。増えると色々と困りそうなんだよな」
「……高校生なのにそんな年寄りみたいな感性してるんですか、先輩?」
アルバイトの選択肢が減りそうだな(今のところする予定は無いけど)と思っての発言だったのだけど、襟無は僕に憐れみの目を向けてきた。
憐れみというか、おもちゃでも見つけたような目だ。
「まあ、そんな話は置いといてだ」
「置いといていいんですか? このままじゃ老いて枯れるだけの老いぼれ先輩になりますよ?」
「誰が老いぼれ先輩だ」
ニヤニヤと煽ってくる襟無。
「まぁ、人間今が一番若いって言いますからねえ。一分一秒と老いていくだけです」
「せめて未成年の内は成長してると言え」
「言うほど成長してますか? 図体だけ大きくなって中身が伴わないのは
「うるせえ! これから伸びるんだよ、これから!」
「先輩には煮干しを購入すべきでした」
「お前、喧嘩売ってるだろ!」
「先輩、イライラし過ぎですよ。カルシウム足りてないんじゃないんですか?」
「よーし表出ろ! 一発ぶん殴ってやる!」
「――あ」
今までニヤニヤとしていた襟無は、やってしまったと言わんばかりの表情に変わり、両手で顔を覆った。
そして。
「ご……ごめんなさい、調子に乗りました……」
顔を覆ったまま、本気のトーンで謝罪された。
あまりの落差にこちらの背筋が寒くなる。
どんな急ブレーキだ。
「あの、本当にごめんなさい……。私、誰に対しても調子に乗っちゃうって言うか、言い過ぎちゃって嫌われるっていうか……甘えだってのは自分でも分かってるんですけど……」
伏し目がちのまま襟無は言葉を紡ぐ。
そんな態度で言われては僕も強く出れない。
「……いや、僕も暴力を仄めかしたのは悪かった。すまん」
「先輩は悪くありません。嫌われるまで気付かず暴走しちゃう私が悪いので」
「これ以上反省されると僕の立場が無くなるんだが」
こんな程度で怒るような器の小さい男だと思われてしまう。大体、本当にやべー奴を知ってる僕からすれば、こんなのちょっとした挨拶だ。
僕は頭を冷やすつもりでアイスをかっ込み、空になったカップをレジ前にあるダストボックスへ捨てに行く。
相変わらず店員が戻ってくる気配がない。
無造作に置かれたバーコードリーダーを見るに、恐らく意図して無人にしてるわけではないのだろう。
惣菜コーナーには惣菜パンの残ったコンテナが放置されている。まるで慌てて避難したようにも見えるが、そんな災害も事件も起きていない。起きてれば野次馬がこっちに来てるはずだ。
なら原因はなんだ?
「先輩?」
レジ前でずっと固まっていた――実際には一分も経ってない――僕の元へ襟無がやってきた。
「ホットスナックで悩んでるんですか? 私のお勧めは唐揚げ棒ですよ」
「……お勧めされても買えねえよ、店員がいないんだから」
僕は半笑いで肩を竦め、「いや、別に食べたいとも思ってないけどさ」と答え、
「ところでさ、店員はどこに行ったんだ?」
ようやく本題を切り出した。
十分自然だろう。仮に襟無が関係していても、傷つくような言い方は避けられたはずだ。
「……ああ、それならバックヤードですよ」
果たして、襟無は店の奥を指差した。
困ったというか、投げやりというか、隠し事がバレたような子供のような顔で。
「私がいると、みんないなくなるんですよ」
「? ……なんだそりゃ」
僕は首をかしげた。
実はヤクザの娘だったりするのだろうか。だとしたら僕の命が明日まであるのか怪しくなってくる。
「試してみましょうか」
そう言うと襟無は僕の腕を掴み、ごく普通な調子でコンビニの外へ出た。
それだけだ。
腕を振ったとか。
声を発したとか。
鋭く睨んだとか。
そんなことは一切なく、ただ歩いて移動しただけだった。
最初に襟無に気付いた女子高生は顔を引き攣らせ、踵を返して隣接のモールへと消えた。
僕に申し訳なさそうな顔をしていたサラリーマンが我先にと駅の出口へ走る。
主婦が子供の手を引いて駅の外へ駆け出した。
駅員が窓口の奥へ戻っていく。
汚物を見るような、あるいは幽霊に遭遇したような顔で、早足で逃げ去っていく。
ぽっかりと空白が生まれた。
騒々しかった駅が、しん、と静まり返り、改札の無機質な音だけが響く。
「……いっそ清々しいな……」
乾いた笑いが漏れた。
自分でもわかるほど不謹慎な言葉ではあったけれど、しかし偽りのない本心だった。
普通じゃない。
「どこへ行ってもこうなんですよ」
襟無は諦めたような口ぶりで僕に言う。
ぎゅっと握られた手首が、痛いほど強張っていた。
「私が来ると、みんないなくなるんですよ。駅でも道でもお店でも、大人も子供も関係なく、等しく」
彼女は僕を見上げた。
先ほどまでのふざけた態度は消え失せ、今にも泣き出しそうな顔で、彼女は言った。
「――だから助けてください、先輩」
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