第六章 未来の風の中で
四月の風は、冬よりもやさしい。
けれどときどき、どこか懐かしい金木犀の香りを運んでくる。
午後の街は、春の光で溢れていた。
淡いピンクの花びらが空を舞い、
ビルのガラスに映る青空が、
まるでふたりを包み込むように広がっている。
クレアと並んで歩くと、
時間の流れがゆっくりになる。
人のざわめきも、車の音も、
全部遠くで霞んでいくみたいだった。
「ねぇクレア、最近思うんだ」
リリィは、風に髪を揺らしながら言った。
「これから、どんなふうに生きていくんだろうね、私たち」
クレアは少し考えて、笑った。
「きっと、こんなふうに歩いてると思う。
季節が変わっても、並んで。」
その言葉に、胸の奥がふっと温かくなった。
“未来”って、遠くのことじゃない。
この“今”の続きにある、
小さくて確かな日々のことなんだ。
少し先の横断歩道の信号が赤に変わる。
私たちは立ち止まり、
風に吹かれながら空を見上げた。
白い雲がゆっくり流れていく。
「ねぇ、クレア」
「ん?」
「これから先も、迷ったり泣いたりすると思う。
でもね、ちゃんと笑っていたい。
そのとき、隣にクレアがいてくれたら……それでいいの。」
クレアは何も言わず、
ただ手を伸ばして、私の指を包み込んだ。
「……大丈夫。リリィの隣にいるよ。」
ほんの一言なのに、
その声は不思議と胸の奥に静かに響いた。
未来を照らす灯りみたいに。
信号が青に変わり、
私たちはまた歩き出した。
ビルの谷間を抜けて、光が射し込む方へ。
風の中で、
ふたりの影が重なって伸びていく。
どこまで続くのかはわからない。
でも、確かに――この道は未来へ繋がっている。
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