第四章 希望の冬の始まり

カフェを出ると、

夜の街はもうすっかり光に包まれていた。

風は冷たいのに、

頬の奥にはまだ、リリィの笑顔の温もりが残っている。


歩道にはイルミネーションの光が降り注ぎ、

アスファルトにはオレンジと白の反射が踊っていた。

人々のざわめきの中で、

私たちはゆっくりと並んで歩き出した。


手袋越しに、指先がまた触れる。

今度は、逃げなかった。

リリィが小さく息を吸って、私を見上げる。


「クレア……これから、どうする?」

「歩こう。もう少しだけ、この夜を一緒に。」


リリィは笑って、

手をしっかりと握り返した。

その瞬間、

街の光が少し滲んで見えた。


風が吹くたびに、

髪が頬に触れ、彼女の香りがすぐ近くにあった。

少し甘くて、少し切なくて、

それでいてどこまでもやさしい香り。


私たちはビルの谷間を抜け、

ネオンの光が滲む交差点を渡る。

車のライトが遠くに流れていって、

そのたびにふたりの影が伸びたり縮んだりする。


「寒くない?」とリリィが聞く。

「ううん、あったかいよ」

本当に、そうだった。


いつの間にか、

夜の空には薄く雲がかかり、

その向こうに星がひとつだけ光っていた。


「ねぇ、クレア」

「なに?」

「今のこの瞬間、きっと忘れないと思う」


私は立ち止まって、彼女を見た。

その瞳の中に、街の光が小さく揺れている。

その光の粒が、まるで未来の欠片のように見えた。


「忘れなくていい。

 だって――これが、私たちの“始まり”だから。」


リリィが目を細め、微笑む。

そしてふたりは、もう一度歩き出した。


街の光が滲む中で、

手を繋いだまま、夜の風を切るように。

未来はまだ見えないけれど、

確かにそこに“希望”が灯っていた。


――冬の始まりは、こんなにもあたたかい。

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