第十四話 偽りの王子

 組織の代表によるスピーチが午後の十三時より始まる。季節ごとに行われるスピーチは元々校舎であった場所で行われ、そこで一般生達は何処の組織に所属するかを決める。




 自分が希望する組織の名前と自分の名前を書いた紙を箱に入れていく。全ての生徒が入れ終わるとすぐに集計作業が始まり、その日の夜に集計結果がそれぞれの寮に張り出される。頻度の高い選挙のようなものだ。




 組織の代表はこの日を待ち望み、そして恐れている。前年までかなりの勢力があった組織が、ただスピーチの内容が他よりも印象に残らなかっただけで、見るも無様に萎縮しまう事はよくあった。その逆に、スピーチが良ければ良い程、自分の組織がその分拡大される。ハイリスクハイリターンな花畑女学園の一大行事。




 スピーチが開始される一時間前。カーネーションとヒマワリの代表が壇上裏で待機していた。




 カーネーションの代表である千鶴は目を閉じ、ざわめく胸を落ち着かせていた。




 ヒマワリの代表である誠は、美月が代筆してくれた原稿用紙を黙読し、読み終えると再び始めから読み直していた。




 すると、会場の扉が開く音が幕越しに聞こえると、更に沢山の人の足音と声が聞こえてきた。話している内容は聞き取れないが、皆嬉々とした声色をしている事だけは痛感出来た。




 誰もが自分のスピーチを待ち焦がれている。




 まだスピーチをしていないのに、勝手に想像する者もいるだろう。




 そうして期待に胸を膨らませておきながら、少しでも想像以下のスピーチだと知るや否や、自分の組織を簡単に切り離すだろう。




 そんな不安が一気に二人を襲い、まだ慣れていない誠は原稿用紙を震わせていた。




「……随分と緊張なさっているわね。皆の憧れの王子は見た目だけなのかしら?」




「……すみません。やっぱり、緊張しちゃって」




 誠は素直に千鶴に弱音を吐いた。そんな誠に、千鶴は若干の驚きを覚えたが、すぐに憎たらしくなった。こんなにも自信が無い相手に、自分の組織が窮地に立たされているのか、と。     




 時間はゆっくりと、しかし着実に進み、遂に壇上の幕が開いた。進行を務める生徒がまるでロボットのように手順を集まった生徒達に説明していく。




 壇上裏で待機する千鶴は既に覚悟を決めていたが、誠は尚も緊張の色を隠せずにいた。




(大丈夫……大丈夫……! ちゃんと、練習したんだ……! 練習通り……とにかく言葉を詰まらせずハキハキと……原稿用紙に書かれた文字を読む……たったそれだけなんだ……!)




 どれだけ自分を鼓舞しても、今の誠にはそよ風のようであった。少し自信がついたかと思えば、再び不安にかられてしまう。原稿用紙一枚に書かれている文字が、厚みのある辞典のように思えた。




 美月が傍にいてくれたら。




 天明が自分の代わりに出てくれれば。  




 自分に自信が無い誠は、誰かが傍にいなければ何も出来ない子供であった。




「誠さん」




 もうすぐ始まるというのに、未だ落ち着きを取り戻せずにいる誠に、千鶴は一時だけ代表の立場を忘れた。




「私達はこの日の為に努力をしてきました。沢山の一般生から尊敬の眼差しを向けられるアナタの事です。きっと色んな方が助力してくれたのでしょう。アナタがやるべき事は、そんな方達の助力を無下にさせない事」




「千鶴さん……」




 瞬間、拍手の歓声が起きた。トップバッターである千鶴の登場を望んでいた。




 千鶴は椅子から立ち上がり、壇上裏から出る寸前に足を止め、誠に背を向けたまま語った。




「不安や恐れに立ち向かわないままでは、アナタは何者にもなれない。いつまでも誰かが助けてくれる程、現実は甘くはない。いつだって人は、自分自身と戦わなければいけない」




 そう言うと、千鶴は壇上の真ん中に立った。その横顔は、まさに組織の代表に相応しい人間の横顔であった。スピーチが始まると、スラスラと、そしてハキハキと言葉を紡いでいく。文章を暗記しているのか、あるいは今作り上げている言葉なのか。どちらにせよ、千鶴は模範的な人物であった。




 なんと凛々しく強い女性なのだろう。誠はそう思った。そして次に自分を卑下した。




(僕には無理だ……! 千鶴さんのようには、なれない……!)




 誠の頭の中に、逃走の文字が浮かんだ。すると不思議な事に、手足の震えが収まった。立ち向かう事は出来ずとも、逃げる事は出来るようだった。惨めであった。




「誠……!」




 自分の名前が耳元でボソリと呟かれた。誠が振り向くと、いつの間にか美月が傍に来ていた。




「美月……!」




「やっぱりビビッてたのね……」




「……僕には、無理だよ……千鶴さんみたいに出来ないよ……」




 今にも泣き出しそうな誠に対し、美月がとった行動は激励でも恫喝でもなく、慰めであった。ソッと誠を抱きしめると、優しく背中を撫でてあげた。子供のようにあやされるのは恥ずかしかったが、美月のおかげで覚えていた不安が消えていた。




「仕方ない代表様ね。アタシが傍にいたら、ちゃんと出来るかしら?」




「……頑張れる、と思う」




「そう。なら、アタシがついてあげる。こんな風に抱きしめてはあげられないけど、アナタの傍に立ってあげる」




「……ありがとう、美月」




 スピーチを終えた千鶴が壇上裏に戻ってくると、美月を連れた誠が立っていた。その姿はさっきまでの自信無さげな少女とは違い、まるで童話に出てくる王子のようであった。隣を通り過ぎてステージへと行く二人の背を眺めながら、千鶴は安堵しながらも後悔していた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る