第十五話 空席

 夜、今年初の投票結果が寮に張り出された。一般生は少女らしい純粋な好奇心から、組織が獲得したそれぞれの票数を見に行く。




 しかし、そんな一般生の好奇心はすぐに冷める事となった。張り出された投票結果の紙には、圧倒的な票数を持つローゼルと、次点でカーネーションだが、ヒマワリとほぼ変わらない僅差での二位。つまりは、何も変わっていない。   




 どの組織に属していようが、一般生にとって変化は良くも悪くも刺激になる。日々が退屈というわけではない。ただ変化の無い日々には不満を抱いている。組織の代表の苦悩を知らない一般性からの理不尽である。




 投票結果に不満のため息を吐く生徒達の中、恵美は安堵のため息を吐いた。




(現状維持。でも、誠様のあのスピーチがあった上での現状維持だ。よくぞ生き繋いだ。本当に、今回ばかりは最悪を覚えてならなかった)




 三つの組織の代表によるスピーチは、どれも素晴らしいものであったが、それぞれに悪い点があった。ローゼルは今回も代表が現れず、カーネーションは真面目過ぎであり、ヒマワリは代表だけが立つステージに 付き人を連れていた。この点が現状維持という結果に終わった原因であった。




 結果を見終えた恵美は自分の部屋に戻った。部屋の中は酷く清潔であった。ゴミも埃も無ければ、整理されていない場所も無い。完璧な部屋であった。




 しかし、それは恵美が望んでいないものであった。汚い部屋に住みたいわけじゃない。荒れた部屋を自分で掃除して、完璧となった部屋を望んでいた。自分の手で綺麗にするという過程こそ、恵美が何よりも大事にしている事である。




 天明が寮に来れなくなってから三日が経つ。その間、天明の代わりに部屋を荒らしてくれた人は現れなかった。毎日掃除はしているが、行き届いた掃除によって埃も無く、自分が寝た後のベッドの乱れを直すくらいで、掃除とは言えなかった。




 恵美は天明が使っていたベッドに吸い寄せられるようにして寝転んだ。寝心地の良い花の香りがするだけで、天明の匂いが無い。本当に天明がここで寝ていたか疑ってしまう程に、ベッドは新品同様であった。




「天明さん……」




 恵美は心配していた。寮にも店にも入れなくなった天明が、今何処で何をしているのか。快晴続きで雨による体温低下は心配ないが、空腹と喉の渇きは変わらぬ問題である。天明を捜して、満たされるまで食事と水を与えたいが、代表である千鶴が処罰を取り下げない限り、やりたくても出来ない事であった。




 しかし、本音では恵美は天明を恨んでいた。恨みといっても、今は不満程度のものだが、日が経てば恨みは明確化されるだろう。




 何故、自分の部屋を汚してくれない。




 何故、組織の代表の言葉に従う。




 何故、自分を一人にさせるのか。




 これが、天明に対する恵美の素直な想いであった。




 恵美は一見すると容姿端麗で品行方正の模範的生徒。次のカーネーションの代表は彼女だと誰もが思い、カーネーションの代表である千鶴もそう望んでいる。




 しかし、そんな彼女達には決して恵美の本性は見れない。実際はワガママで自分を縛る誰かを欲し、それでいて表向きでは良い人間を演じる。例えこの本性を誰かが見ても、きっとその誰かは本性としては捉えず、疲労による疲れとしか認識しない。人は心が移ろいやすいが、憧れや好意を向ける相手にだけは妄信的になる。それは変わらぬ愛のように見えるが、裏切りや失望を恐れた防衛本能である。




 恵美が天明のベッドで横になっていると、部屋の扉がノックされた。重い足取りで扉まで向かうと、訪問してきたのは陽子であった。




「……陽子ちゃんか」




「恵美様、どうなされましたか? 顔色が少し悪いように見えますが……」




「大丈夫よ。少し、疲れてるだけだから……」




「そうなんですか……でしたら、日を改めます。私も別に何か用があったわけではございませんから。ただ、ちょっと恵美様とお話したかっただけですから」




「そうなのね……入りなさい」




「え? でも、恵美様―――」




「大丈夫。疲れてるとはいっても、一歩も歩けない程じゃないから。それに私も、今は誰かと少しお話したかったの」




「恵美様が大丈夫と言うなら……それじゃあ! お邪魔します!」




 陽子は明るく可愛らしい笑顔でそう言った。その笑顔を見て、やはり彼女は人を惹き付ける魅力を持った少女なのだと、恵美は思った。




 そうして、二人は紅茶を飲みながら談笑した。会話の内容は今日の組織戦やこれからのカーネーションについてといった真面目な話や、日々の中で見聞きした面白い話と、会話の色を変えながら紅茶を一口、また一口と飲んでいった。




 けれども、恵美はおろか陽子でさえも、空いた一席の存在に寂しさを覚えていた。

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