第十三話 幼馴染はずっと傍にいる
美月は誠の幼馴染である。産まれた時から隣にいるのが当たり前だった美月は、いつしか使命感を持つようになっていた。誠が寿命を迎えるその日まで、自分が傍で支え続けないといけないという使命を。
それは恋であったが、誠への憧れによって隠されていた。光り輝く太陽に崇高さを覚えても、恋を覚えないように。美月にとって誠は一人の人間である前に、未来を照らす太陽であった。
そんな二人にも、離れ離れになっていた時期があった。誠は高等部に上がる直前、どういう訳か花畑女学園を去った。その理由は幼馴染の美月でさえ分からなかった。
たった一ヶ月。けれども一ヶ月もの時間が流れた。その間に美月はどうにか誠の行き先を知ったが、後を追おうとは考えなかった。代わりに美月が取った行動は、誠を呼び戻す事であった。
幼馴染の美月は知っている。誠は頼まれた事を断れない我の弱さがあると。付き合いが一番長い自分からの頼みなら、尚の事であった。
誠を花畑女学園に呼び戻す事に成功した美月は、また勝手に出ていかないように、誠を縛る事に決めた。当時の薔薇の代表をその座から引きずり下ろし、新たにヒマワリとして代表の座に誠を座らせた。そして誰にも文句を言わせないように、誠の外見のポテンシャルを全開に引き出した。
結果は現在の通り。ヒマワリは長らく二番手に位置していたカーネーションを僅か一月で追い越し、組織の拡大スピードはトップのローゼルに勝っている。美月が裏で暗躍した結果でもあるが、やはり代表である誠の存在が大きい。中等部の頃は数いる女生徒の一人としか認識されていなかった誠は、今はその凛々しい姿を崇拝されるまでになっている。
ただ、これで万事解決とはいかない。誠の外見は非の打ち所がなく、性格も優しく友好的ではあるが、それだけである。何か優れた部分も無ければ、才能があるわけでもない。誠は凡人であった。
そんな誠だが、女生徒からは神聖化された存在。何か一つでもボロを出せば、簡単に組織は萎縮してしまう。そうなってしまえば、誠は花畑女学園にいる意味を失い、再び何処かへ旅立ってしまう。それはなんとしても避けなければいけない最悪であった。
「誠。明後日のスピーチだけど、原稿は出来上がってる?」
就寝前に塗る保湿クリームを顔に塗ってあげながら、美月は誠に進捗を聞いた。それに対する誠の反応は、宿題をまだ終えていない小学生のような苦笑いであった。
「えっと、出来てはいるよ! 出来てはいるんだけど……」
誠は枕の下から原稿用紙を取り出すと、自分の顔の前に出して美月に見せた。書かれていた内容は特に褒める所は無く、かといって駄目な所も無い無難な内容であった。
原稿用紙で鼻から下を隠しながら上目遣いで見つめてくる誠に対し、美月は軽くため息を吐いた。
「誠。これで良いと思ってる?」
「結構良い感じに書けたとは思うけど……」
「無難も無難。ネットにある参考文をそのまま写したような内容よ」
「ア、アハハ……実は、そうだったりして―――ムニュッ!?」
「アンタね~! 自分の立場が分かってるの!? アンタは組織の代表として、この学園にいる全員を惹き付ける人間じゃないといけないの!」
美月は小さく怒鳴りながら、誠の頬をムニムニと撫で回す。そのやられ様はヒマワリの代表である御剣誠ではなく、美月の幼馴染である御剣誠であった。
美月は誠の頬を二度軽く叩くと、手の平に残る保湿クリームを拭きとった。
「誠。アンタは組織の代表なの。望めば大抵の事は叶う。それなのにアンタが望んだ事といえば、すれ違う際に挨拶を交わす事と、食事は残さず食べる、なんて下らない事ばかり」
「どっちも大事な事だよ?」
「そりゃそうでしょうけど。アタシが言いたいのは、もっと欲を出せって言ってるの! それが許される位置にいるのよ!? それなのにアンタは、逆に一般生の欲望を叶えてあげてさ!」
「だって、頼まれちゃったし。それに僕が応えると、彼女達は凄く喜んでくれるじゃないか」
この優しさと無欲な所は、誠の長所でもあるが、短所でもあった。
自分自身の欲を持ち、それを叶えようとする熱意が無ければ、人は人ではない。そんな極端な思想を持つ美月にとって、他人の為にしか動かない誠は危うい存在であった。何も暴君になる事を望んではいない。ただ少しでも、自分のやりたい事を持って、その為に動いてほしいと、美月は思っていた。
「あ、そうだ美月。ちょっと相談したい事があるんだ。馬の名前って、どんな名前にすればいいと思う?」
「馬? ああ、アレの事ね。まだ名前もつけてなかったんだ」
「そうなんだよね~。やっぱり名前で呼んだ方が懐いてくれるかな?」
「名前があると、躾もしやすいしね。でも、どうして今日になって考えてるの?」
「今日、先生から色々指摘されちゃってさ」
「ああ、言ってたわね。それで、その先生って誰よ?」
「冴羽天明っていう生徒だよ。なんていうか、僕よりずっと代表に相応しい人だったよ」
そう語った誠の表情は嬉しそうであった。そんな表情を浮かべる誠に対し、美月は妙な不安に襲われていた。嫉妬か、あるいは恐れか。どちらにせよ、美月の中で、冴羽天明という名前が深く刻まれた。
(冴羽天明。調べる必要があるわね。誠の害になるか、あるいは―――)
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