第十二話 ホームレス生活開始
二日目にして、天明はホームレスとなった。寮に無理矢理戻る事も出来るが、そうなると寮にいる誰か、あるいは全員に迷惑が掛かってしまう。多少の横暴さを感じながらも、他人に頭を下げないプライドの高さを捨てられなかった自分の否は認めていた。
「数日中。数日中、ね。具体的な数字で言ってくれよ……」
夏間近の季節の為、屋外でも過ごせるが、問題は食事と水。ここでは外でよく見かける自販機が無ければ、水飲み場も無い。通貨が組織への貢献からくる点数である以上、食べ物を買う事も出来ない。店や寮の裏手に置かれたゴミ箱には残飯が捨てられているが、それに手をつけるのは最悪の場合に陥った時。
一日でも早く処罰が取り下げられる事を願いながら、天明はあてもなく歩いていた。やがて人気の少ない林道に入ると、その先から響いてきた馬の嘶きを耳にした。
林道を出た先には、柵に囲まれた広い平地と馬房があった。平地には乗馬している生徒がいたが、様子がおかしかった。馬が落ち着いておらず、乗っている騎手を振り落とそうと暴れ回っている。
すると、けたたましい嘶きと共に立ち上がった馬によって、遂に騎手は背から落とされてしまった。
「お、おい!! 大丈夫か!!」
天明は颯爽と柵を跳び越え、馬に落とされた騎手のもとへ駆け寄った。天明が騎手のもとへ駆けつけた頃、未だ落ち着きがない馬が二人を威嚇するように嘶きを上げながら立ち上がった。
「ドードー!! ちょい落ち着けって!!」
天明が両手を前に出して馬を制止したところ、馬は天明の顔をジッと見つめた後、二人のもとから走り去っていった。
「……あぁ、ビビった~! やっぱ馬ってカッケェな! 威圧感があってさ!」
「あ、ありがとう」
「え? あ、ああ! そうだった! お前、大丈夫か!? 結構荒々しく振り落とされてたけどよ!?」
「大丈夫。ちょっと背中が痛いくらい」
天明が手を貸して騎手を立ち上がらせると、その人物は天明と同じくらい背が高かった。ヘルメットを脱いで見えた顔は、ショートカットが似合う凛々しい女性だった。
「助けてくれてありがとう。見てた通り、僕はあの子に嫌われてるんだ。おまけに馬に乗った経験も無いから、振り落とされないようにする方法を知らなくて」
「意外だな。いかにも馬乗ってそうな感じあるのに」
「感じだけだよ。どういう訳か、僕が馬に乗る姿を見たいって生徒が多くてね。彼女達があの馬を用意してくれたんだ」
「なんで断らなかったんだ? 乗った事無いって言えばいいのに」
「それだと彼女達をガッカリさせてしまうだろ? まぁ、乗れないままじゃ、どっちみちガッカリさせてしまうけど……」
「何言ってんだ。一回落ちたからって諦めるのは早いだろ。それに、ほら。アイツも帰ってきてるぜ」
天明が顎で指した方向から、馬が走って戻ってきていた。走り回って落ち着いたのか、馬は二人の前で立ち止まった。
すると、馬は天明に顔を擦り付けるように近付いてきた。犬や猫とは桁違いの強さに天明は戸惑いつつも、馬の肌を撫でてみて、その滑らかさの虜になった。
「おぉ! これは、ずっと撫でていたいくらいだな!」
「……凄いな、君。その子がそんな簡単に懐くなんて」
「まぁ、昔から動物には好かれてたしな。お前も撫でてみろよ」
「いや、僕は無理だよ。触れようとするとまた暴れてしまうかもしれないし」
「動物ってのはスキンシップが必要なんだよ。触れ合えばどういう感触がするかが分かって、どう撫でたら喜ぶのかを知らないといけない。大事なのは、ビビらず歩み寄る事だ」
天明の言葉を聞いて尚、彼女は不安だった。落馬したのは今回が初めてではない。この馬が来てから二週間もの間、彼女は毎日落とされていた。時には馬房から出ようとしてくれず、出そうとすると壁を蹴って威嚇されていた。それでも挑戦し続けたのは、ひとえに自分が馬に乗る姿を見たがっている生徒達の為。
だからこそ、内心では天明に嫉妬していた。暴れる馬を御し、何をするでもなく懐かれ、肌を撫でる事を許されている。
「お前、コイツが怖いだろ?」
「え?」
「見てりゃ分かる。ずっと怯えた表情でコイツを見てるんだ。だからコイツに舐められる。動物ってのは俺達人間と違って、自分より弱い奴には容赦しない奴が多い。ビビれば上に出られ、怖けりゃ逃げ出す。だから、その中間でいなきゃいけない」
「中間?」
「お前なんか怖くない。ただお前とは仲良くしたい。つまり、敵意を出さずにこっちが上の立場だと示すんだ。その為にも、コイツをよく知る必要がある。コイツの名前は?」
「……まだ、つけていない」
「じゃあまずは名付けからだ。それから出来るだけ近くに立って、コイツが歩み寄ってきたら撫でてやれ。乗るのはその後だ」
天明は馬の馬体をペチペチと叩くと、背を向けて去ろうとした。
「……あ! 君! 名前を教えてくれないか!」
「天明! 冴羽天明だ!」
「天明……そうか、天明か! 天明。君がまたここに来る時までに、この子の名前をつけておくよ!」
「良い名前にしとけよ! せっかくカッケェ馬なんだから!」
そう言うと、天明は柵を跳び越えて林道へと消えていった。
入れ違えるようにして、一人の女性が駆け寄ってきた。
「誠! また一人で来たの!? 前にも言ったでしょ!? 一人だと危ないからアタシも連れていってって!」
「美月。ごめんね、心配かけさせたくなかったから」
「一人でいさせる方が心配よ! また怪我したんじゃ―――って、あれ? なんだか今日、コイツ大人しいわね?」
「フフ。先生がいてくれたおかげかな」
「先生?」
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