第十一話 堕落

 千鶴は苦悩していた。組織を拡大し続けるローゼルと比べ、自分が纏め上げるカーネーションはジリジリと減り続けていた。更に薔薇からヒマワリに改めさせた代表の誠の新進気鋭ぶりは、カーネーションの組織を縮小の一途をたどる向かい風となっていた。現状維持で繋いできた今までとは比べものにならない程に、カーネーションは苦しい状況に立たされている。




(この焦りは、組織が枯れていく焦り? いいえ、この焦りは自分本位。代表という立場を奪われる事に対する恐怖。以前まではローゼルだけを注意していれば、こんな恐怖を覚えずに済んでいた。御剣誠。彼女が花畑女学園に転校してきて、そして組織の代表の座を奪い取ったあの日から、心の隅にあった焦りと恐怖を明確に覚え始めた) 




 千鶴はステンドグラスのカーネーションを見上げた。毎日眺めていたこのステンドグラスが、いつの日か粉々に砕かれて、別の組織になる未来を想像し、寒気が走った。




(それにしても、まさか転校生の方に対して早々にこのような処罰を下してしまうとは。御剣誠のような素敵な方が来ると勝手に期待していた私が愚かでした。あれは奇跡に近い存在。次の転校生も同じとは限らない。そんな事、分かっていたはずなのに……数日経ったら、処罰を取り下げましょう)




 このところ、マトモに睡眠を取れずにいた千鶴は、少し冷静さを失っていた。確かに天明の失礼な態度や服装は叱るべきだったが、処罰を下す程ではなかったと悔やんだ。




 その時、誰かが校舎に入ってきた。静寂に包まれた広場には、その人物の足音が響き渡る。足音は長く、そして着実に大きくなり、千鶴の隣で止まった。




 見ると、その人物は千鶴が下した処罰対象である天明であった。天明はその高い身長から長椅子に座る千鶴を見下ろしていた。改めて間近で目にした天明の姿に、千鶴は身長の高さだけではない圧を感じた。




「よう」




 変わらず不躾な態度の天明に文句が喉元まで上ってきていたが、自分の短絡さを改めたばかりだったので、文句を飲み込む事が出来た。




「見させてもらったよ、アンタの手腕。随分とネチネチした手口で感心した」




「嫌味ですか」




「いや、褒めてる。イジメの才能に関しちゃ誰もアンタに勝てないだろう」




「……処罰は数日中に取り下げるつもりです。その間、アナタはカーネーションの規則を学んでおきなさい」




「いつ誰がアンタの下に就くって言った?」




「では、何故その制服を着ていらっしゃるのかしら?」




「あ? え? いや、だってこれ着ろって恵美が言ったんだぜ!?」




「あの子が?」




「参ったな~! アイツ結構やり手だな!」




 天明の言葉を聞いて、千鶴は恵美の意図を考え込んだ。とりあえず発注した制服がたまたまカーネーションの制服だった、などという事は無いと確信していた。




 考えられるのは、恵美が意図的に天明にカーネーションの制服を着させたという事。姉である千鶴は恵美の才能を認めていた。自分が卒業した後は、恵美に任せようと決めている程に。




 だからこそ、恵美が何故こんなだらしのない生徒に制服を渡したのかが疑問であった。天明の何処に目をつけ、何を見出したのか。完全に理解していたはずの妹の事が、たった一つの疑問によって分からなくなっていた。




 深く考え込んだまま戻ってこない千鶴に痺れを切らした天明は、千鶴の前にしゃがみ込んで要件を伝えた。




「アンタがどんだけ凄い人間かは分からないけどさ、これから食堂も寝床も使えないんじゃ困るんだよ。俺と関わらせないようにするのは良いが、衣食住は使えるようにしてくれよ」  




 反省の色が無い天明に対し、千鶴は恵美の意図を探る事を諦めた。




「駄目です。確かに私にも少々否がありましたが、元はといえばアナタのその不躾さが原因です。反省するまでは、処罰を取り下げません」




「飢え死にしろってか?」




「ご勝手に」




「……分かったよ」




 天明は立ち上がると、それ以上何も言わずに校舎から出ていった。




 再び一人になった千鶴は、小さくため息を吐いた。自分でも信じられない程に融通が利かない人間になっている変化に、ただただ落胆するばかりであった。

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