12
「この塔は故郷を恋しがる妃たちのために、少しでも遠くが見えるよう建てられたものだ」
階段を登りながら館長は言った。
「無理やり連れてこられた者も多かったからな」
「そうなんですか……」
「人質のようなものだ」
ラウリはリリヤを見た。
「妃とは名ばかりで、一度も国王に会わず生涯を終えた者や、自ら命を断った者もいたと聞く」
「……悲しいですね」
「ああ、戦争は悲劇を多く産む。今の平和を守るのが私の役目だ」
「……はい」
「大変だと思うが、君にも手伝ってもらうからな」
(――そうか、妃の役目でもあるんだ)
「はい」
ラウリの言葉に、リリヤはこくりと頷いた。
階段を登り切った先は、周囲に幾つも窓が開けられ、どの方向も見られるようになっている空間だった。
「わあ、眺めがいいですね」
窓の一つからリリヤは外を見た。
眼下には王都が広がり、前方には王宮らしき大きな建物が見える。
「確かに何もないな」
ラウリは幾つかベンチが置かれているだけの空間を見渡した。
「リリヤ。どこに石があるか分かるか」
「あ、はい」
リリヤは杖を握りしめると魔力を注ぎ込んだ。
「細かい探索をする時は、杖から放つ魔力を細くして探ると良い」
「はい」
教授の言葉に、杖を壁に向けて意識を集中しながら魔力を放出する。
ゆっくりと、その場で回転したリリヤの足が止まった。
正面の壁に向かって歩いていく。
「――この壁の中?」
積み上げられた壁石の一部から、明らかに魔力を感じた。
「壁の中だと?」
「どういうことだ」
「失礼いたします」
ヘンリクはリリヤが示した石に触れた。
「……動きますね」
石の端を押し込むと、石は回転した。
「あっ気配が強くなりました」
「ヘンリク。中を確認しろ」
「はい」
ヘンリクはできた空間の中に手を入れた。
中を探ると硬いものが手に触れ、それを取り出した。
「これですね」
古ぼけた布の上に、他の精霊の石と同じ、複雑な色彩を持った石が乗せられていた。
「これは……壁に隠されていたのか? 何のために……」
館長は周囲を見渡した。
「リリヤ嬢。その石に魔力を注いでくれ」
「はい」
教授に言われ、リリヤはヘンリクから石を受け取った。
両手で石を包み込み、そっと魔力を注ぐ。
石から淡い光が放たれた。
『――ああ……ここは……外?』
弱々しい声がリリヤの頭の中に響いた。
(塔の一番上です。壁の中にあなたの殻が入っていました)
『塔……壁の中……ああ、そうだったわね。あれからどれくらい経ったのかしら』
(あれから?)
『後宮を建てる時に、私はこの地を守る約束をしたの。それで、一番高いところに置いて欲しいってお願いしたの』
「後宮を守るため……」
「リリヤ。声が聞こえるのか?」
「はい」
ラウリに頷くと、リリヤは館長を見た。
「この後宮が作られたのは何年前ですか?」
「約二百年前だな」
「この石に宿る精霊は、その時に後宮を守るためにこの塔に納められたそうです」
「後宮を守るため?」
『仲が良かった子がいたの。お姫様よ。戦争で王都が壊されて、酷かったわ。これ以上何も壊れないようにこの後宮を守って欲しいって頼まれたの。ここが一番狙われやすいからって』
「守るって……あなたは、何の精霊なんですか?」
『私は土の精。土地を守る力があるの。……今もまだ戦争はあるのかしら』
「いえ……今は平和です。この後宮も、役目を終えて博物館になっています」
『まあ、そうなの。それは良かったわ』
嬉しそうな声が響くと、石から放たれる光が強くなった。
『あなたは私の声が聞こえるのね。それにあなたの魔力は心地良いわ』
「私は……長い間魔力のない世界にいたので、魔力がまだ濁っていないそうです」
『そうだったの。確かにあの子と同じ、綺麗な魔力だわ』
「あの子って……仲が良かったお姫様ですか?」
『ええ、可哀想な子だったの。他の人間と違うからって、いつも一人小さな部屋にいて。でも魔力は綺麗だったから私たちがお友達になったのよ』
精霊と会話ができる姫は、以前王宮の魔術師から聞いた『神子』という存在だったのだろう。
特殊な力があったせいで人間には相手にされず、精霊だけが友人で。
それでも国の平和を願っていた。
(魔力だけじゃなくて心も綺麗な人だったんだ……幸せだったのかな)
土の精が身を捧げて願いを叶えようとするほどだ、きっと精霊たちと過ごした日々は幸せなものだったのだろう。
そうであって欲しいと願いながら、リリヤはラウリたちに精霊の言葉を伝えた。
「土の精霊が後宮を守っていたとは」
「確かにここは建設以来、一度も火災に合うことも破壊されることもなく、当時そのままの姿だが……」
教授と館長は顔を見合わせた。
『私のおかげよ。あの子との約束だもの』
「はい。守ってくれてありがとうございます」
リリヤはそっと手の中の石を撫でた。
「……あの。あなたはこの塔で眠っていたんですよね。起こしてしまってすみません……」
『気にしないで。もう起きる頃だったわ』
更に強く光ると、石は光の玉になって宙に浮き上がった。
『せっかく目が覚めたから、平和になったこの国を見に行こうかしら』
「……行ってしまうのですか」
『また戻ってくるわ。あなた、新しい友達になれそうだもの』
「友達……」
『ええ。他の精霊は人間を好まないけれど、私は人間が好きよ』
光はリリヤの周りをくるりと回った。
『あなた、お名前は?』
「リリヤです」
『可愛い名前ね。じゃあ行ってくるわね、リリヤ』
「はい。行ってらっしゃい」
光は窓から飛び出していった。
「行ってしまったのか」
「まだ戻ってくるそうです。平和になった国を見たいと」
光を見送ると、リリヤはラウリを振り返った。
「精霊というのは、姿が見えないけれど身近にいたのだな」
ラウリはため息をついた。
「リリヤがいなければ、知らないままだった」
「……はい」
自分に精霊の存在を感じ、声を聞く力があるとはリリヤ自身思いもよらないことだった。
(でも、せっかくあるのだから役に立てないと)
それが、自分の役目ならば。
「そうだな、リリヤ嬢に精霊を見つける力があることが分かった」
教授が口を開いた。
「次は王宮に泉の精霊の石があるか探して欲しい」
「はい」
「王宮になければ教会だが……その前に見つかってほしいものだな」
ラウリを見て教授はそう言った。
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