11
翌週、リリヤはラウリと共に王立博物館を訪れた。
「ここだな」
「……はい」
馬車の中から見えた、博物館本館の脇にある塔を見上げてリリヤは頷いた。
この博物館は公園の中にあり、貴族平民問わず人々の憩いの場となっている。
リリヤも一度、家族と訪れたことがあったがその時は何も感じなかった。
(精霊の力に触れたからかな……)
今見上げている塔の中から、はっきりと何者かの気配を感じる。
「ルスコ教授は先に着いて館長とお待ちです。どうぞ中へ」
ヘンリクに促されてリリヤ達は塔の中へ入った。
「この博物館は、元々後宮として建てられました。こちらの塔には王家に伝わる非公開の貴重品を収めております」
中で待っていた学芸員が案内しながら説明した。
「後宮?」
「妃たちの住まいだな。まだ国が安定しておらず戦争も多かった時代、王家の力を高めるために複数の貴族の娘や他国の王女を妃としたのだ」
聞き返したリリヤにラウリが答えた。
「そうなんですか……」
「現在妃は一人と定められている。子が産まれなければ側室を取ることもあるが……」
ぽん、とラウリはリリヤの頭を撫でた。
「まだ先のことで確約はできないが、私も側室を取るつもりはない」
「……はい」
(そうだよね、王様になるんだもの。後継は必要だよね)
リリヤが暮らしていた世界でも、後継に関する問題があることは色々見聞きした。
それが理由で施設に入らされた子もいた。
それに誰でも子供が産めるわけではないことを知っている。
リリヤが妊娠できない身体だったら、他の者が後継を産む必要があるだろう。
(でも……何か、嫌だな)
心の奥がもやもやする。
リリヤの表情が暗くなったのを見てラウリは更にその頭をくしゃりと撫でた。
「君が嫌なら側室は決して取らないと約束する」
「……いえ。後継は大切ですから」
リリヤはラウリを見上げると笑みを浮かべた。
「必要になることもあると思います」
「――そうか」
少し困ったように、ラウリは眉を下げるともう一度リリヤの頭を撫でた。
塔の中央にある螺旋階段を登る。
途中には扉のない小さな部屋がいくつかあり、中には箱や本などが所狭しと並べられているのが見えた。
やがて他とは違う、テーブルと椅子、そして備え付けの棚がある部屋が現れた。
「ここまで登ってくるのは疲れただろう」
部屋にいたルスコ教授が出迎えた。
「彼が私の友人で、この博物館の館長の……」
隣の男性を紹介しようとした教授は、リリヤがテーブルの上を凝視しているのに気づいた。
「――やはりこの中身で間違いないようだな」
教授はテーブルの上に置いた箱を手に取るとリリヤの前に立った。
箱を開けると、中には学園で見たのとよく似た淡い色の石が入っている。
「……手に取ってもいいですか」
「ああ」
リリヤは箱の中へ手を伸ばすと石を手に取った。
「あっ」
「どうした」
「魔力が……吸い取られる……?」
石に触れた瞬間、何もしていないのにリリヤの魔力が石へ流れていくのを感じた。
石が白い光を放った。
『ああ……! やっと光を得られたわ!』
リリヤの頭の中に喜びの声が響いた。
『ありがとう! あなたが私の声を聞いてくれたのね』
(はい……ええと、精霊さん?)
声には出さず、リリヤは頭の中で石に話しかけた。
『ええ、私は光の精霊よ』
(光の……)
『光から力を得ないとならないのに、こんな小さな箱に入れられて、暗い場所に放置されて。全然力が回復しなくて、とっても苦しかったわ』
(そうだったんですか……)
精霊は、人間が石と呼ぶ殻の中で眠り力を蓄えるのだと風の精霊が言っていたが。
光の精霊はさらに光が必要ということなのだろうか。
『でもあなたの魔力を感じて呼びかけたのよ。気づいてくれて良かったわ』
「はい。良かったです」
「リリヤ。また声が聞こえたのか」
ラウリが尋ねた。
「はい。この石は光の精霊で、暗いところに閉じ込められていたので力が蓄えられないそうです」
「何と。それは本当なのか」
館長は驚いた顔を見せた。
「この博物館にそのような石が保管されている記録はなかった。だがルスコ教授に探してくれと言われて捜索したら他の品に混ざってその箱があったのだ」
そう言って、館長はルスコ教授を見た。
「お前が言ったように、本当にこの石の中に精霊が宿っているというのか」
「ああ。学園の時は実際精霊の姿も見たが……」
『無理よ、今の私にそんな力はないもの。明るい場所で眠らせてと伝えて』
「――今は力がないので、明るい場所で眠らせて欲しいそうです」
「眠るとは、どれくらいだ?」
「数十年か数百年か……どれだけ光を浴びれるかによるみたいです」
リリヤは妖精の声を伝えた。
「光の妖精は力を蓄えるのに光が必要なのか」
ラウリが口を開いた。
「他の精霊はどうなのだ?」
『他の子たちは眠っていれば回復するわ。私たち光の精は、光がないとダメなの』
「そうなんですね」
『そうよ。……久しぶりにおしゃべりしたら疲れたわ。いいわね、必ず光に当ててと伝えてね……』
声が小さくなるとやがて聞こえなくなった。
「眠ったみたいです……。必ず光に当てて欲しいそうです」
リリヤは館長へ石を差し出した。
「……そうか、分かった。場所は用意しよう」
「リリヤ嬢。この博物館に、他に精霊の石があるかは分かるか」
「他に……ですか」
教授の言葉にリリヤは首を傾げた。
「それが分かれば、泉の精霊の石を探しやすくなるだろう」
「――やってみます」
「これを使うといい。探索に特化した杖だ」
教授は一本の杖を差し出した。
「魔力を一度杖に蓄えてから、周囲に広げていくようにイメージするんだ」
「……はい」
リリヤは杖を受け取ると、両手で握りしめた。
ゆっくりと魔力を杖に送る。
(魔力を広げる……風船を膨らませるみたいに……)
杖に貯めた魔力を周囲に広げていく。
すぐに澄んだような魔力を感じた。
(これは光の精霊? これと同じ魔力を探して……)
慎重に、ゆっくりと魔力を広げていく。
杖の中に貯めた魔力が尽きるとリリヤはほう、と息を吐いた。
「どうだった」
ラウリが尋ねた。
「上に魔力を感じました」
リリヤは天井を見上げた。
「地面からこの部屋の高さよりも少し長いくらいの距離です」
「――最上階だな」
館長が言った。
「見晴台になっていて、物はなかったと思うが……」
「ともかく行ってみよう」
ラウリの言葉で、一同は階段を登って行った。
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