13
「さあ、召し上がって。気楽になさってね」
リリヤの目の前には一口サイズにカットされた果物やケーキ、焼き菓子が並んでいる。
赤と金で繊細な模様が絵付けされたティーカップに琥珀色の液体が注がれると、王妃は笑顔で言った。
「ありがとうございます」
お茶を一口飲むと、温かく香り高いお茶が魔力を使った身体中を満たしていく。
小さなイチゴを頬張ると、甘酸っぱい酸味が口の中に広がった。
(美味しい……癒される……)
自分はかなり疲れていたのだなとリリヤは気づいた。
「それで、探し物は見つかったのかしら」
「……いいえ、見つかりませんでした」
今日は精霊の石を探しに王宮を訪れた。
精霊の石自体は王宮にもいくつか保管されていたが、どれも泉の精霊のものではなく。
他にないか王宮中を探索したが、結局見つからなかった。
「それは残念ね。探索魔術はとても疲れるでしょう」
王妃は優しく微笑んだ。
「私も昔、王宮内で失せ物探しをしたの。ようやく見つけ出したけれど、魔力切れで三日ほど寝込んで大変だったわ」
「そんなことがあったのですか。ちなみに、何を探したのですか?」
「この子よ」
王妃はリリヤの隣に座るラウリに視線を送った。
「三歳くらいの頃ね。王宮中を騎士や侍女たちが捜索したのに見つからなくて、母親の私が魔力を使って探したの」
「そんなことがあったんですか……」
血の繋がった家族の魔力は、魔術を使っていない時でも分かると授業で習った。
リリヤはラウリを横目で見た。
ラウリは澄ました顔でお茶を飲んでいる。
「それでね、どこにいたと思う?」
「どこでしょう」
「この子ったら、馬小屋の中にいたのよ」
「馬小屋ですか」
「陛下に怒られて、すねて隠れていたの。藁の間に隠れていたから見つからなかったのね」
「へえ……。ちゃんと子供らしかったんですね」
リリヤはラウリを見て言った。
「子供だったからな」
視線を合わせるとラウリは答えた。
「小さい時から大人びていたんだと思っていました」
「幼い時は可愛らしかったのよ」
ふふと王妃は笑った。
「帝王学が始まってからね、可愛げが消えたのは」
「そうでしたか」
ヘンリクも同じ事を言っていたとリリヤは思い出した。
「愛想も全くなくなってしまって。子供なのにこれでいいのか不安だったけれど……」
ため息をつくと、王妃はリリヤを見て再び笑顔になった。
「リリヤさんが来てくれてから、表情が豊かになってきたのよ。貴女には感謝しているわ」
「え? ……いえ、私は特に何も……」
「リリヤさんのおかげよ。ねえヘンリク」
王妃は控えていたヘンリクに声をかけた。
「はい、その通りです。ですよね、殿下」
「――ああ、そうだな」
ヘンリクの言葉にラウリは頷いた。
「そう……ですか」
「君はもう少し、自分のことを客観的に理解した方がいい」
ラウリは首を傾げたリリヤの頭をぽんと撫でた。
*****
王妃とのお茶会が終わると、リリヤはラウリと共にティールームから退出した。
「リリヤ、手を」
ラウリが手を差し出す。
(え? ……あ、そうか。私に触れると楽になるから……)
「はい」
リリヤが伸ばした手を握ると、ラウリは歩き出した。
(辛そうには見えないけれど……)
リリヤが知る限り、ラウリが苦しそうにしているのを見たのは泉での時だけだ。
それ以外はいつでも背筋を伸ばし毅然としている。
呪いの影響でラウリの魂が黒く染まり、身体にも負担がかかっているという。
表向きは平然としているけれど、やはりとても苦しいのだろうか。
(――命の猶予は来年の夏だけど……一日でも早く呪いを完全に解かないと)
「泉の精霊の石が王宮にもなかったということは、次は教会を探索しますか?」
リリヤはラウリに尋ねた。
「そうなるな。他にある可能性は低いのだろう」
ラウリはヘンリクを振り返った。
「はい。王宮側の、当時の同行者への調査は終わり成果はありませんでした。残りは教会側ですが、殿下の状況を向こうへ知らせたくないのでリリヤ嬢の力で見つけられればと」
「はい、頑張ります。次の休日にでも……」
「リリヤ。そんなに急がなくても大丈夫だ。今日もかなり魔力を消費しただろう」
王宮は離宮の三倍ほど広い。
その全てをリリヤは一人で探索したのだ。
魔力量が多いとはいえ、まだ魔術を習い始めたばかりのリリヤに神経を使う探索魔術はかなり負担がかかるのだろう。
実際、お茶を飲んで回復してきたが、探索が終わった直後リリヤは顔色が悪かった。
「大丈夫です。早く石を見つけないとなりませんし」
「魔術は思う以上に身体に負担がかかる。母上も三日寝込んだと言っていただろう。あの人も相当な魔力量を持っている」
握っていた手を離すと、ラウリはリリヤの頭をぽんと撫でた。
「君の魔力は未知数だ。無理のない範囲で探してくれればいい」
「……でも、早く見つけないと殿下の身体が……」
「まだ猶予はある」
「でも、教会になかったら別の所も探さないとですよね」
国中を探すことになれば、時間なんていくらあっても足りない。
「それでも、君の体調が優先だ。――それに、教会の探索は慎重になる必要がある」
「慎重に?」
「そこで話そう。ヘンリク、見張りと防音魔術を」
ラウリは通路の脇にある小さな庭へとリリヤを連れて行った。
「私と、君へ呪いをかけたキースキネン侯爵の後ろに教会がついていたのは知っているな」
ベンチへ腰を下ろすとラウリは言った。
「……はい」
「教会側の釈明は、侯爵から金を積まれた二人の魔術師が教会に無断で行ったということだが、二人で出来るような術ではないとルスコ教授達は考えている」
「……他にも関わった人たちがいるということですか」
「ああ。教会の上層部が関与している可能性もある」
ラウリはため息をついた。
「それが分からない現状、私の呪いを解くために精霊の石を探していることは向こうに知られなくない。弱みを握られてしまうからな」
「そうですか……」
「それに、君が教会へ行くのも危険だ」
「私が危険?」
「教会派で魔力持ちの令嬢はまだいる。君がいなければその者たちを私の妃にと考えるかもしれない」
ラウリはリリヤの手に手を重ねた。
「私の妃になるのは君だ」
「――ありがとう、ございます」
リリヤは重なった手に視線を落とした。
「……でも……もしも私よりも相応しい人がいれば……」
「なぜそんな事を言う?」
ラウリは手に力を込めた。
「君は妃になること承知していると思っていたが」
「それは、そうですけれど。でも殿下の呪いが解ければ、相手は魔力が強くなくても問題ないのですよね」
視線を落としたままリリヤは答えた。
「……それに、私は王妃様みたいに振る舞えないので……」
先ほどの、お茶の席での王妃は、私的な場でもその所作は優雅で、笑い方すら気品に満ちていた。
その美しさに見惚れながら、リリヤは自分との差をつくづく実感したのだ。
リリヤより魔力の強い者は滅多にいないのだろう。
けれどリリヤよりも所作が上手く、綺麗な人ならばたくさんいる。
妃になるには優雅さは必須だろう。
この世界に戻ってきてからずっと、母親や教師から学んではいるが、幼い頃から学ぶ他の令嬢たちと比べてどうしても劣ってしまうのだ。
周囲から妃になれと命じられれば従う、それが貴族の家に生まれた者の役目だと分かっているけれど。
自分は相応しくないのではと不安になってしまうのもまた正直な気持ちだ。
「私は、君がいい」
リリヤの横顔を見つめてラウリは言った。
「呪いが解け魔力が戻ろうと、マナーが覚束なくとも。私は君を望む」
「……どうして、私にこだわるんですか」
「娶るならば好きな相手がいいに決まっているだろう」
「好き……」
リリヤは顔を上げた。
「……私のことですか」
「他に誰がいる」
「え、どうして……」
「初めて会った時、私に臆することなく言い返しただろう。そういう強気な所が好ましいと思った」
リリヤはラウリの顔を見た。
「長く生きてきた世界から無理やり召喚され、慣れない生活にも弱音を吐かない強い所にも惹かれた。――けれど本当は寂しいのなら守ってやりたいと、そうも思った」
ラウリはリリヤの頬に触れた。
「こんな気持ちを抱いたのは君が初めてだ」
「……殿下……」
「だから君以外を娶ることは考えていないし、危険に晒したくない。無理をしないでくれ」
そう言うと、ラウリはリリヤの頬に口付けた。
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