05
夏の終わりに開かれる王宮の夜会は、多くの貴族たちが集まっていた。
「王太子殿下のお相手はアウッティ侯爵令嬢でほぼ決まりらしいな」
「ああ。離宮にも同行させたそうだ」
今年一番の話題は王太子ラウリの婚約者問題だ。
呪いによって片目の視力と魔力を失った王太子の婚約者に誰がなるのか。
相応しい相手がいないと思われていたところに突然現れたのが、長く行方不明となっていたリリヤ・アウッティだった。
やはり呪いによって他国へ飛ばされていたというリリヤは、王国でも一、ニを争うほどの魔力を持っているという。
魔力の素質、年齢、血筋と王太子妃になる条件は十分満たしている。
通例では、王太子の婚約者になるには学園で最低でも一年間学んでから選ばれるが、今回は異例の事態が起きたため、リリヤがほぼ決まりだとという噂が貴族たちの間で広まっていた。
「しかし、アウッティ侯爵令嬢は平民として生きていたのだろう。それが王太子妃になるとはな」
「マナーもまだ覚束ないと聞くが」
「片目と魔力を失った王太子の婚約者になりたがる者などいないからな、ちょうど良いのではないか」
(失礼な人たちだわ)
漏れ聞こえてくる噂話に、アマンダは眉をひそめた。
彼らは伯爵家や子爵家のはずだ。
王太子の陰口など無礼すぎるし、アウッティ侯爵家も自分たちより上の立場なのに。
(――まあ、いいわ。王太子殿下の姿に驚けば良いんだわ)
ふん、とアマンダは小さく鼻を鳴らした。
「アウッティ侯爵御一家、入場です!」
来場を告げる声に、会場内の視線が入り口に集まる。
侯爵夫妻、そして弟のマティアスにエスコートされたリリヤが現れた。
今日のリリヤはレースを多用した、夏らしい爽やかな水色のドレスを着用していた。
ネックレスは小さな赤いルビーと青サファイアを組み合わせたもので、中央には大きな青サファイアをあしらっている。
「あのネックレスの色合い……王太子殿下の髪と目の色ですわね」
リリヤを観察していた婦人が呟いた。
「まあ。ではあれは王太子殿下から贈られたもの……?」
夜会のアクセサリーに、パートナーの色合いと同じ色のものを身につけることは多い。
その場合、アクセサリーを用意するのはパートナー側だ。
「まあ……王太子殿下がそのようなことをされるなんて」
「女性には興味がないと聞いておりましたわ」
婦人たちが小声でざわめく。
「息子が学園で一緒なんですけれど……以前はとても近寄りがたかったのが、雰囲気が柔らかくなってきたんですって」
「娘も言っていましたわ。王太子殿下がリリヤ嬢に笑いかけていたって」
「王太子殿下がお笑いに?」
完璧王子と言われるラウリは、いつも厳しい表情をしている。
その彼が、誰かの前で笑うとは。
「国王陛下、並びに王妃殿下のご入場です!」
声と共に王族や賓客のみが使用できる扉が開かれると国王夫妻が現れた。
ゆっくりと玉座に向かい腰を下ろす。
「続いて王太子殿下のご入場です!」
現れたラウリの姿に、会場からどよめきが起きた。
白いコート姿のラウリは前髪を上げ、顔を露わにしていた。
その両目は以前と何も変わらない鋭い光を放っている。
(やっぱイケメン過ぎるなあ)
ラウリを眺めながらリリヤは思った。
十日ほど前に離宮から戻って以来、ラウリの姿を見るのはこれが初めてだ。
呪いの一部が解けたことについてルスコ教授らの調査や、公務などで忙しかったのだ。
リリヤの力についても、夏休みが終わってから調べることになっている。
「殿下の左目が……」
「まさか……呪いが解けたのか?」
ラウリの姿にざわつく中、国王が立ち上がり、数歩前へ出た。
「皆、今年もよく集まってくれた」
貴族たちを見渡して穏やかな口調で国王は言った。
「今日は喜ばしい報告がある。見ての通り、王太子ラウリの視力が精霊の力により戻ったのだ」
「精霊の!?」
会場内がどよめいた。
「魔力を取り戻す道も見えた。近い内にさらなる吉報を届けられるだろう」
わあっと歓声が上がる。
「精霊の加護を受けるとは」
「ここ数代の王にもいなかったのでは」
「何と素晴らしい」
「精霊がついているなら王家も安泰だな」
「さっきまで王太子殿下の陰口を言っていた同じ口で、よく言うわ」
リリヤの耳元で声が聞こえた。
振り向くといつの間にかアマンダが立っていた。
「そうなんですか?」
「貴族は手のひら返しが露骨なんだから」
「――それは貴族に限らないだろう」
アマンダの隣にいた男性がため息をつくと、リリヤに向いた。
先日ハルヴォニ侯爵家の夜会であった、宰相のハルヴォニ侯爵だ。
「リリヤ嬢。離宮ではありがとうございました」
そう言って宰相は頭を下げた。
「貴女のおかげで、殿下の視力を取り戻すことができました」
「いえ、私は大したことは……」
「貴女がいなければ殿下は危うい状態だったと聞きました。精霊とリリヤ嬢のおかげです」
よく通る声でそう言って、もう一度深く頭を下げると宰相とアマンダは立ち去っていった。
「ふうん。上手いよね」
マティアスが呟いた。
「え?」
「国王陛下は、王太子殿下の目が治ったのは精霊の力だと言った。それで殿下には精霊の加護があるって強く印象付けたでしょ」
「……うん」
「で、その後で宰相が、姉上の手助けもあったからだって付け足した。それで姉上の評価も上がるという訳だね」
「……そうなの? でも宰相は私にだけ言ったよ」
「あの声なら周囲にいる人たちには聞こえたよ。で、今夜中にここにいる人たちにその話が広まるんだ」
「ええ……そうなの?」
「夜会、特に王宮の夜会は重要な情報収集の場だからな。噂はあっという間に広まる」
リリヤが驚いていると父親が言葉を付け足した。
(ネットみたいなものなのかな)
向こうの世界でも、世界中にあっという間に情報が拡散していたけれど。
夜会というのはSNSと同じような役目があるのかもしれないとリリヤは思った。
「しかし……こうやって外堀をしっかり埋められていくと、リリヤが王太子殿下の婚約者になることはますます避けられなくなるな」
「本当に……リリヤにお妃なんて務まるか不安だわ」
両親はため息をついた。
「姉上なら大丈夫でしょ」
「……マティアスのその自信はどこから来るの」
リリヤ自身も、庶民育ちの自分がお妃になれるとは思っていないのに。
「だって姉上、努力家だし成長も早いよね」
「……そうかな」
「ダンスだって殿下と練習するようになってから上達が早いし。魔術だって一同コツをつかんだらミスしないし。だから大丈夫だよ」
「……ありがと」
にっと笑みを浮かべた弟に、リリヤも微笑み返した。
(優しいし褒め上手だし……これはモテるよなあ)
マティアスは見た目もいいし、家柄も良い。
魔術の授業でも、相手が身分の低い貴族や平民でも、男女を問わず態度を変えずに接している。
そんな所も人気の理由だ。
「さて、陛下へ挨拶に行こうか」
父親に促されて、リリヤたちは玉座へと向かった。
国王夫妻へ挨拶する列に並ぶ。
やがて一家の番がやってきた。
「アウッティ侯爵、よく来てくれた」
国王は笑顔で言った。
「家族が揃うことができて良かった」
「は。こうして娘が無事に戻ってこられたのは陛下を始め皆様のお陰です」
父親が深く頭を下げたので、リリヤたちも頭を下げた。
「うむ。解呪の研究は国にとっても重要だからな」
そう言うと国王はリリヤを見た。
「リリヤ嬢。ラウリが世話になっている」
「あ……いえ、ええと……こちらこそ、殿下にはお世話になっています」
この場で国王から声をかけられるのは当主だけだと聞いていた。
それなのに、国王から話しかけられて一気に緊張しながらも、リリヤはなんとか返事をした。
「そなたの存在は我々にとって大きな助けになっている。これからも息子を頼む」
ちらと隣に座るラウリに視線を送ると、国王は再びリリヤを見てそう言った。
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