06
一通り挨拶が終わるとダンスタイムが始まる。
まずは今夜の主催、国王夫婦によるファーストダンスだ。
「すごい……」
息が合った、指先まで優雅なダンスにリリヤは感嘆のため息をついた。
(私も……あんな風に踊れるようにならないといけないんだよね……)
最初の頃と比べればだいぶマシになったとはいえ、まだ優雅さにはほど遠い。
しかも今日は王太子と踊らないとならないのだ、大勢の注目を集めるだろう。
(こんな所で踊るのいやだなあ。ダンス、中止にならないかな)
「リリヤ」
不穏なことを考えていると背後からラウリの声が聞こえた。
「……殿下」
「ここにいたか」
側までくると、ラウリはリリヤに手を差し出した。
「え」
「私と踊るのだろう」
「……でも最初は」
一曲目はパートナーと踊るのがルールだ。
今日は家族で来たから、リリヤのパートナーはマティアスになる。
「構わないな」
ラウリがマティアスへ視線を送ると、マティアスは頭を下げた。
「はい。姉をよろしくお願いいたします」
「ああ」
小さく頷いて、ラウリはもう一度リリヤに手を差し出した。
(……こういう所はホント、王子様だよなあ)
ルールを気にせず振る舞えるラウリに内心ため息をついて、リリヤは差し出された手に手を重ねた。
ファーストダンスが終わると、次の曲を踊る人々がフロアに集まってきた。
「ドレスもアクセサリーもよく似合っているな」
フロアに向かいながら、ラウリはリリヤを見て言った。
「ありがとうございます。とても素敵で気に入っています」
「それは良かった」
ドレスもアクセサリーも、ラウリから贈られたものだ。
今日のために、ダンス練習の合間に採寸や生地を選んだ。
コルセットに慣れていないリリヤのために、腰はあまり絞らずレースやリボンでスカート部分にボリュームを出した、可愛いドレスだ。
「まあ、王太子殿下と一緒にいるのはアウッティ侯爵令嬢かしら」
「もしかして今日のパートナーか……?」
「まだ婚約していないのでしょう?」
(やっぱり騒がれるなあ)
聞こえてくる噂話にため息が出る。
「噂話など気にしなくていい」
ラウリが口を開いた。
「王族は一挙一動を見られ評価される。雑談程度の噂など気にしていたら身がもたない」
「……はい」
「とはいってもいきなり割り切るのも難しいだろう。徐々に慣れていけばいい」
向かい合うと、そう言ってラウリはリリヤに微笑んだ。
「王太子殿下が笑った!?」
「あんな優しい顔をするなんて……!」
周囲が騒めく。
完璧王子と呼ばれる表向きのラウリはいつも他人に厳しく気難しい顔をしていると、ヘンリクたちから聞いたことがある。
リリヤからすると笑ったり穏やかなラウリの方が普通なのだが、他の者からすると珍しいのだろう。
「そうか。社交の場で君と一緒は初めてだな」
「……そうですね」
「君は特別な存在だと、見せつけておかないとならないな」
リリヤの腰に手を添えながらラウリは言った。
音楽が流れ始めた。
こんなに大勢に見られながら踊るのは初めてだと急に気づいて、リリヤの身体がこわばった。
夜会で何度か踊ったことはあるが、弟や父親が相手だったからそう緊張はしなかった。
「力を抜け」
耳元でラウリがささやいた。
「練習の通りにすれば大丈夫だ」
「……はい」
(練習通りに……)
「この曲はよく知っているだろう?」
ラウリの言葉に、リリヤは音楽が、よく練習でも演奏されている曲だと気づいた。
(――ここで少し音が遅くなるから動きも合わせて)
ステップを踏むリズムに変化をつける。
「ちゃんと出来ているな」
リリヤと視線を合わせてラウリは笑顔で言った。
(……もしかして……この曲を選んでくれたのかな)
ファーストダンス後の一曲目は格式あるものと決まっているとはいえ、何種類もある。
その中で、練習で踊った曲と同じというのは偶然ではないだろう。
ラウリの立場ならば夜会の曲を指定することも容易いはずだ。
(私が踊りやすい曲やドレスを用意してくれるのが……『特別』なのかな)
けれどそれらは、リリヤにしか分からないことだろうに。
緊張しながらも、間違えることなく踊りきることができた。
(終わった……)
ほう、と安堵の息を吐く。
「練習の成果が出たな」
「はい。ありがとうございます」
ラウリの声に、リリヤは彼を見上げてお礼を言った。
王宮で練習したおかげで、この数ヶ月でかなりダンスの腕が上がったと自分でも分かる。
(ええと、この後は……家族と合流すればいいのかな)
皆どこにいるのだろうと周囲を見渡そうとすると、ラウリに腰を引き寄せられた。
「次の曲が始まるぞ」
「え?」
(次って……また踊るの!?)
驚いているうちに曲が始まり、慌ててステップを踏む。
夜会などのダンスは社交を兼ねているため、なるべく多くの人と踊るのがルールだと習った。
同じ相手と続けて踊るのが認められるのは、婚約者など特に親しい関係だけだと。
「君は『特別』だからな」
そう言ってラウリがリリヤの額にキスを落とすと、周囲から悲鳴のような声とどよめきが聞こえた。
(この人は……!)
キスまではやり過ぎなのではとリリヤがキッと見上げると、ラウリは笑みを浮かべた。
「ほら、足を動かさないと」
言われて慌ててステップを踏む。
(……見られているなあ)
二曲目で余裕が出たのか、二曲続けて踊っているせいか。
周囲からの視線を強く感じる。
(特別、かあ)
チラとラウリを見上げると、笑みを返された。
(……特別って……殿下にとって、私は何なのかな)
婚約者になるのに、一番条件が良いというのはあるだろう。
けれどそれ以上に、自分に親しみを持っていると感じるのは、自意識過剰だろうか。
ヘンリクや、ラウリの侍女たちからは、リリヤと出会ってからラウリは当たりが柔らかくなったと聞いている。
アマンダも同じことを言っていた。
(……庶民育ちの私が気安いっているのもあるのかな)
他の人たちのように、王子に対して礼儀正しく振る舞えないリリヤに、態度が緩くなるのかもしれない。
(……まあ、考えても分からないか……あっ)
ダンス中に違うことを考えていたからだろう。
ステップを間違えてリリヤの足がもつれた。
(転ぶっ!)
思わず目をつぶったリリヤの腰を力強い腕が抱き止めた。
「大丈夫か」
リリヤを抱き寄せたまま踊りながら、ラウリは言った。
「は……はい」
「この曲ではまだ一緒に踊ったことがなかったな。すまない」
目の前の、眉を下げた初めて見る申し訳なさそうなラウリの顔にリリヤの心臓がドキリと震えた。
「……いえ……」
(だから顔が近いってば!)
離宮でもそうだったが、間近で見つめられると心臓がドキドキしてしまう。
(心臓の音……聞こえてないよね)
あの時とは違い、今は身体が密着している。
動いているとはいえ、ラウリに鼓動が伝わってしまうのではないか。
(……いや、今はダンスに集中しなきゃ)
大勢に注目されているのだ、さっきのようなミスは二回も出来ない。
「また身体が固くなっている」
必死になっていると耳元でラウリの声が出て聞こえた。
「曲は初めてでも、何度も練習した動きだから覚えているだろう」
「そう、なんですけど」
「私に任せておけば大丈夫だ」
耳元で響く声と、ドレス越しに伝わるラウリの体温に。
ダンスが終わるまでリリヤの鼓動は高鳴り続けた。
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