04
視界が青い。
身体がゆらゆらする。
頭の上で水面が光っている。
(ここは……水の中?)
ぼんやりしながらリリヤは思った。
(どうしてこんな所に……私……どうしたんだっけ)
皆で泉に行って。
ラウリに残っていた呪いが解けて、目が見えるようになって。
その後の記憶がない。
(ここは泉……?)
『人の子よ』
頭の中に女性の声が響いた。
(誰……?)
『我は泉の精。ようやく我が声を聞く者が来た』
(泉の精……?)
『そなたらが昼間来たであろう』
(ああ……あ、殿下の目を治していただきありがとうございました)
『対したことはしておらぬ。元の力があれば呪いを解き魔力を戻すこともできたのだが』
「元の力?」
『我の力を宿す石を盗んだ者がおる。二十年ほど前だったかの』
「石が、盗まれた……?」
『そのせいで本来の力を発揮できぬ。人の子よ、その石を我の所に戻せば王子の魔力を取り戻してやろう』
そう声が響くと視界が真っ白になり、リリヤは目を覚ました。
*****
食堂へ向かうと、既に他の者たちは集まっていた。
「身体の具合はどうだ」
リリヤに気づいたラウリが尋ねた。
「はい、大丈夫です。殿下は……」
「私も問題ない」
そう言って、リリヤの顔を見るとラウリは眉をひそめた。
「顔色が良くないな。まだ寝ていた方が良いではないのか」
「あ、ええと……夢を見たせいかと」
「夢?」
「はい」
席についたリリヤは、夢の内容を皆に話した。
「精霊の力を宿した石か……聞いたことがないが」
ラウリは魔術師たちを見た。
「はい。そのようなものが存在したとは知りませんでしたが、記録を調べてみましょう」
「二十年前の訪問者も調べないとならないな」
「そちらは管理人に聞いてみましょう。長くこの離宮におりますから」
ヘンリクは侍従へ手を挙げた。
「二十年前でございますか」
呼ばれた管理人は持参したノートを開いた。
「国王陛下と王妃様が夏の間、滞在されておりますね」
「父上たちが?」
「なかなかお子に恵まれず、この地の温泉が効くと言われておりましたので。実際その後殿下をご懐妊されたので効果はあったようです」
「泉にも行ったのか」
「はい。あの時は侍従や護衛、医者、教会関係者など多くの者たちを連れて来られましたので、一人一人の行動までは把握しきれておりません」
「そうか。それは城に戻ってから調べさせよう」
ヘンリクに視線を送りながらラウリは言った。
「承知しました。石が城にあれば良いですが、教会の人間が持っていったとなれば厄介ですね」
「え、あの。確かに夢は見ましたけど本当かどうかは……」
自分の夢が事実という前提で話を進める一同にリリヤは困惑した。
「そのことだが。昨日、君は『神子』ではないかという話があると聞いた」
ラウリは魔術師たちを見た。
「みこ?」
「以前ルスコ教授が言っていました。リリヤ様の魔術を間近で見ていて、我々のものとは異なるかもしれないと感じたと」
「魔力には二種類あります。我々人間が持つものと、精霊や自然の持つものです」
魔術師たちが説明した。
「神子とは両方の魔力を持ち、特別な魔術を扱えます」
「特別な魔術……?」
「記録が少ないので詳細は不明ですが、精霊の言葉を聞くこともできたそうです。リリヤ様の夢に精霊が出てきたのは神子の証かもしれません」
「はあ……」
「それについては王宮へ戻ってから調べる。せっかく来たのだから今日は湖を散策するか」
いぶかしげに首を傾げるリリヤにラウリは言った。
*****
離宮を出て、昨日とは別の道を徒歩で行く。
「山道は慣れていると言ったな」
湖へと向かう足場の悪い山道を、リリヤが苦戦する様子もなく下るのを横目に見ながらラウリは尋ねた。
「はい」
「山になど入って、何をしていたんだ?」
「何って……ただ施設の皆で遊んでいました。あと春は山菜、秋はキノコを採りましたね」
施設に隣接する山は、施設に土地を提供してくれた人が所有していて、自由に山に生える食料を採取することができた。
山の歩き方や、食べられるものを見極めるのも、山里で暮らすのに必要な技だからと大人たちに教わったのだ。
「中々逞しいのだな、君は」
「逞しくならないと生きていくのが大変だと、施設長さんがよく言っていました」
親がいないというのは大きなハンデだ。
一人で生きていくために心身を鍛えて強い人間になれと、それが施設の教育方針だった。
「そうか。……君がいた施設はきちんと育ててくれたのだな」
「……はい」
他の施設のことは分からないけれど。
リリヤがいた施設は、確かに皆元気に暮らしていた。
「あの施設に拾ってもらえて、良かったです」
懐かしい顔を思い出しながらリリヤは答えた。
視界が開けると目の前に湖が広がっていた。
「わあ、綺麗!」
リリヤは水辺へと駆け寄った。
透明な波が打ち寄せるそこには砂が敷き詰められている。
「冷たい……」
屈んで水に手を入れてその感触を味わうと、立ち上がり顔を上げる。
視線の先には白い石造りの建物が見えた。
「あれは離宮ですか?」
「ああ」
「他には建物がないんですね」
「この湖を含めた一帯が王家の直轄地だからな」
「そうなんですね」
「あの東屋で休憩しよう」
ラウリが示した先には、少し高くなった場所に小さな壁のない建物が見えた。
屋根の下にはテーブルとベンチが置かれている。
ベンチへ座るとリリヤは顔を上げた。
「ここからの眺めも素敵ですね」
少し見下ろすように湖が広がる。
湖を囲む森と山、そして白い離宮がある景色はまるで絵画のようだ。
(眺めはいいんだけど……落ち着かないんだよね……)
腕にラウリの体温を感じながら、リリヤは内心ため息をついた。
このベンチは大人が三人は余裕で座れるほどの長さがあるのに。
ラウリはリリヤに腕が触れ合うほどの距離に座っていた。
(なんか……緊張するのよね……顔出して更にカッコよくなってるし!)
呪いが解けて目が見えるようになったからだろう。
ラウリは長い前髪を耳にかけ、隠していた左側を露わにしていた。
(改めて見るとすごい美形なんだよね……)
チラとラウリを見る。
顔が半分隠れていても、隠しきれていなかったけれど。
露わになるとその美貌は眩しいほどだ。
もう一度覗き見ようとすると、ラウリと視線が合った。
「――昨日のことを聞いた」
リリヤを見つめてラウリは言った。
「昨日?」
「泉でのことだ」
「あ……ええと、どこまでですか……」
「全てだ」
ラウリはふっと笑みを浮かべた。
「どうやって呪いを解いたのか、全て聞いた」
(話しちゃったの!?)
リリヤは内心悲鳴を上げた。
(いや、まあ。どうやって目が見えるようになったか知りたいよね……でも)
昨日は目の前で起きていることに対処するのに必死だったけれど。
一晩経って改めて思い出すと、かなり恥ずかしい。
リリヤは視線を逸らせた。
「え、ええと……。あれは、他に方法がなくて……」
「そのようだな。――だが、残念だ」
「え?」
思わずラウリを見ると、すぐ目の前に青い二つの瞳があった。
「私は何も覚えていないからな」
「え……」
間近に顔を寄せられて、リリヤはぶわっと顔に血が上った。
「ざ、残念って……」
(近いってば!)
心臓がバクバクする。
美形は心臓に悪い、と向こうの世界の友人が言っていたことを思い出した。
(イケメン過ぎて無理!)
思わず目をぎゅっとつぶる。
耳元でふっとラウリが笑う気配を感じた。
「次は意識がある時に願いたいな」
(……え)
その言葉を理解するより前に、こめかみに温かなものが触れた。
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