閑話10 カミラの破滅
――カミラの破滅――
薄暗い石造りの部屋。
冷たい椅子に座らされ、両手を机の上に置かされたまま、カミラ=フォン=ハインツベルクは硬直していた。
豪奢なドレスは乱れ、巻き髪もほどけている。
誇り高き侯爵令嬢の姿はそこになく、ただ震える一人の娘だけがいた。
「……ハインツベルク侯爵令嬢。あなたは王妃陛下の祝賀会を妨害し、王女殿下――いや、ダイアナ殿下の名誉を汚した。その事実に間違いはありませんね?」
淡々とした声で告げるのは、取り調べ役の副団長エリオット=セブンデイズだった。彼の瞳は冷たく、同情の色を一切浮かべていない。
「ち、違う……わたしはただ、真実を……! アテネ嬢が王女だなんて、誰が信じられるの!? だから、だから……!」
カミラの声は震えていた。必死の訴えも、響くのは虚しい反響音だけ。エリオットは軽く息を吐くと、机に書類を置いた。
「貴女の言葉がどうであれ、結果は変わりません。王妃陛下はダイアナ殿下を認められた。王族の血を受け継ぐことも、魔道具によって証明されました。貴女が何を叫ぼうと、彼女が王女であることは事実だ」
突き刺さるような言葉に、カミラは喉を詰まらせた。目の奥がじわりと熱くなり、涙がにじむ。
あの場で、群衆の前で、わたしは完全に敗北したのだ。
――どうして。レオナルド様の婚約者は、わたしだったのに。
爪が机に食い込む。必死に取り繕おうとしたが、声は震えて裏返る。
「わたしは、ただ……侯爵家のためを……」
「……侯爵家のため?」
その言葉に、エリオットの視線がわずかに冷えた。彼は書類を閉じ、護衛に合図を送る。
「これ以上は無意味だ。拘束を解き、父親に引き渡せ」
◆ ◆ ◆
翌日。ハインツベルク侯爵家の広間には、重苦しい空気が漂っていた。高い天井に響くのは、父の怒声だった。
「愚か者がァッ!」
分厚い机を叩く音に、カミラは肩を震わせた。父、ハインツベルク侯爵の顔は真っ赤に染まり、怒りに満ちている。
「王妃陛下の祝賀会を妨害? お前は一体、何を考えているのだ! 王妃陛下が探し求めた王女殿下に文句を言うなど、自殺行為にも程がある!」
「ち、違うのです、お父様! わたしはレオナルド様の婚約者で……」
「まだそんなことを言うか!」
怒号が飛び、カミラは言葉を飲み込んだ。
侯爵は深く息を吐き、額を押さえる。
「……お前のせいで、我が家の立場は危うい。ダイアナ殿下が王女と判明した今、誰もお前の言葉に耳を貸す者などおらぬ。むしろ、嘲笑の的だ」
突き刺さる言葉。カミラの胸に深く刺さり、痛みとなって広がっていく。
侯爵はしばし黙り込み、やがて冷たい声で告げた。
「……お前は国外に出ろ」
「え……?」
「王都にはもう居場所はない。幸い、我が家に縁のある遠国の未亡人が、人手を欲している。お前をそこへ送る。後家の世話役としてな」
頭が真っ白になった。カミラは必死に首を振る。
「そ、そんな……! わたしは侯爵令嬢ですのよ!? どうして……!」
「侯爵令嬢だからなんだ! 我が家に迷惑をかけて、お前はすでに家の恥なのだ。これ以上、お前の我がままに付き合ってはいられない」
氷のような声だった。そこには、かつて慈しんでくれた父の面影は一片もない。
「……お前に残された道は、この国にない。真実はそれだけだ」
◆ ◆ ◆
数日後。カミラは薄暗い馬車の中で膝を抱えていた。
窓の外には、遠ざかる王都の景色。
かつては夢見た宮廷の煌めきも、今はただ冷たい石のように感じられる。
「……どうして……」
唇を噛みしめ、涙が零れ落ちた。
あれほど望んだ未来は粉々に砕け散り、残されたのは孤独と絶望だけ。
レオナルドの隣に立つのは、もう決して自分ではない。
アテネ――いや、ダイアナ王女。
彼女の名が脳裏をかすめるたび、胸が締めつけられる。
王妃様に似た美しい女性。そして、誰からも祝福される存在。
あの日、広間を包んだ白銀の光の眩しさが、今も瞼に焼き付いて離れない。
「……わたしが、すべてを失ったのは、あの光のせい……」
しかし、もうどうすることもできない。
カミラの未来は、暗く閉ざされたまま、見知らぬ国へと流されていくのだった。
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【この魔力量は貴族の血筋では?】婚約破棄された孤児のアテネは、魔道具屋の息子と結婚しなくなったので魔法学院に進学することにした。 山田 バルス @nanapapa
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