第2話 恋のデータ分析と測定不能な変動値

 リリィの『感情の解析レポート』作成は、夜な夜な秘密裏に進められていた。彼女は賢者としての知識を総動員し、自分の心の動きを徹底的に理詰めで分析しようとする。


「ガロッドの長所と短所:長所、『直情的で強い』。短所、『直情的すぎる』。論理回路を無視した行動が多い。でも……その直情的な言動が、私に『新鮮な刺激』を与えている。この刺激は、カイルとの安定した関係にはなかった……。これを『刺激欲求の充足』と定義する。いやいや、待って、これはどう考えても【恋】という感情に該当するのではないか? え、そ、そんなことないわよね。う、うそ、計算結果が合わないわ」


 リリィは頭を抱えた。感情の分析は、迷宮の解析よりも遥かに難しかった。


 その朝、リリィが宿の食堂で朝食をとっていると、ガロッドが向かいの席に座った。彼はリリィと目を合わせようとせず、不機嫌そうにパンを齧っている。


「……あなたの食欲は、昨夜の休息時間と比べて30%低下しているわ。戦闘への備えとしては不適切よ」


 リリィが、つい理屈っぽい嫌味を言うと、ガロッドはパンを皿に叩きつけた。


「心配しなくていい。賢者様には関係のないことだろ。どうせ俺の戦術は『非効率的』なんだから、俺一人が満腹だろうが飢えていようが、結果に大差ないはずだ」


「それは……」


 リリィは反論できなかった。結局、彼女の口から出るのは、愛情ではなく、攻撃的な理屈ばかりだ。


 ガロッドが席を立つとき、リリィの席の横を通り過ぎた。その拍子に、リリィが隠し持っていた『感情の解析レポート』が床に滑り落ちた。ガロッドが、それを拾い上げる。


「なんだ、これ? 」


「ダメーーーー! み、見ないでーーーー!!」


 リリィは顔を真っ赤にして、報告書を奪い返そうと魔法を放つ。しかし、とっさにガロッドが身を翻したため、魔法は巻物には当たらなかったが、ガロッドの髪を焦がしてしまった。


「おい、危ねぇな! 殺す気か!」


「……ご、ごめんなさい。魔力の制御が乱れたわ。そ、そのレポートは、どうせあなたが見ても理解できない難解な論文よ」


「難解な論文ねぇ……」


 ガロッドは、レポートの『第二節』を指さした。



『戦士ガロッドへの感情:【動揺】に基づく短期的なパルス。現在、心拍数と魔力の変動が観測されているため【測定不能な変動値】と仮称する』


 ガロッドの表情が、怒りから一転、ニヤリとした笑みに変わった。


「ふぅん。賢者様が俺を見て、心拍数を測ってくれてたのか。しかも、俺への感情は測定不能かよ? 」


「ち、違うわ!こ、 これは、そう、その……ただの、ただの実験データよ! 私が、特定の外部刺激に対する自己の精神反応を分析しているだけなんだからね!」


 リリィは火を噴きそうなほど顔が熱くなった。


「そうか、そうか。実験データか」


 ガロッドは楽しそうに笑うと、巻物をリリィに返した。


「じゃあ、俺の次の行動は、お前の変動値をどう動かすか、実験してみるぜ」


「わわわわ」


 そう言って、ガロッドはリリィの頭を大きな手でくしゃりと撫でてから、席を後にした。リリィは、頭を撫でられた箇所が熱を持ち、完全に思考停止した。




 その様子を、食堂の隅で見ていたのは、セラとゼフィだった。


「見てよ、今のガロッド。リリィを子ども扱いしてるぜ。しかも、リリィの顔、完全に茹でダコだったな」ゼフィが肩をすくめた。


「あなた、今の状況を笑っている場合じゃないわ。彼らは完全に『噛み合っていない』。ガロッドは勘違いし、リリィは素直になれない。このままではパーティの連携に支障が出る」


「だよな。特にリリィ。カイルへの未練が云々じゃなくて、単純にアプローチの仕方が分からなくてパニックになってる。賢者なのに、感情の分野だけは幼稚園児だ」


「そこでよ、ゼフィ。私たちで、彼らの関係を改善させる『仲直り大作戦』を実行しない? 」


 腕を組み、真剣な顔なセラに対して、ゼフィは楽しそうに笑った。


「お? それ、面白そうじゃねぇか。どうやる? 」


「まず、二人きりにするわ。静かな場所で、リリィに感謝の気持ちを伝える練習をさせる。リリィに必要なのは冷静な内省よ」


「甘いな、セラ。そんな真面目なことしても、リリィの口から出るのはまた理屈だ。必要なのは危機感と勢いだろ。俺がガロッドに、リリィがまだカイルに未練があると思わせる噂を流す。それでガロッドを焦らせて、リリィに強引に迫らせる!」


「ダメよ! あなたという人は、いつも軽薄な手段を選ぶ!」


 セラが顔をしかめる。


「お前こそ、いつもつまらない正論ばかりだ! 恋なんて理屈じゃ動かねぇんだよ!」


 ゼフィも顔をしかめ返した。




 二人は早くも作戦の方向性で対立したが、とりあえず「このままではいけない」という点だけは一致し、しぶしぶと協力体制を敷いたのだった。その結果が、後にパーティを最悪の状況に陥れることも知らずに。


(第3話につづく)

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2026年1月3日 15:00
2026年1月4日 15:00

【1/1公開】不器用賢者の恋の呪文:ノラジック・アタックは愛の形 ざつ@竜の姫、メゾン・ド・バレット連載中 @zatu_1953

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