第五話 漏れ出すもの


 箸が進むにつれ、場の空気は少しずつ柔らいでいった。


 天音が、ふと二人を見比べる。


 「……同じ姓なんですね」


 天音は一瞬目を瞬かせ、それから小さく息を吐いた。


 「てっきり……」


 言葉を切り、少し困ったように笑う。


 「カップルかと思ってました」


 その瞬間。


 龍華の顔が、分かりやすく赤くなった。


 「――っ」


 声にならない反応と同時に、

 空気が、きしんだ。


 冷気が走る。

 卓の縁、床、近くの椅子の脚が、音もなく白く縁取られていく。


 周囲の温度が、一気に下がった。


 昴龍はすぐに動いた。


 「龍華」


 名を呼ぶだけ。

 それ以上、必要な言葉はない。


 「……ごめん」


 龍華は息を吸い込み、肩を落とした。

 冷気が引き、凍結は自然に解けていく。


 天音は驚いた様子もなく、

 ただ静かに、その様子を受け止めていた。


 「仲がいいんですね」


 責める色のない声だった。


 それから、話題は少しずつ日常へと移っていく。


 「好きな食べ物は?」


 「甘いもの。控えてるけど」


 龍華が答えると、天音が微笑んだ。


 「分かります。心が落ち着くんですよね」


 「趣味は?」


 「……読書」


 昴龍が短く言う。


 「戦術書とか?」


 「雑多に」


 天音は、自分のことも語った。


 「私は回復や補助が得意です。

 前に出るより、支える方が性に合っていて」


 語り口は穏やかで、誇示がない。

 だが、それだけで実力が伝わる。


 食事が終わる頃、

 講堂に、呼び出しの声が響いた。


 次のグループ。

 実技試験の集合。


 三人は席を立つ。


 多目的室の区画に案内され、

 試験官の説明が始まった。


 実技試験は、複数科目による総合評価。


 最初に示されたのは――


 《龍気濃度・総量測定》


 専用機器による測定。

 龍気の“密度”と“器”の大きさを数値化する。


 続いて。


 《龍気造形試験》


 龍気を、意図した形へと変換する課題。

 粗雑ではなく、精密さが評価対象となる。

 粘土で彫像を作るように、

 力ではなく制御を見る。


 次。


 《複合干渉耐久》


 龍魔法の発動に、段階的な干渉を加える。

 時間とともに妨害強度は上昇。

 どこまで魔法を維持できるかを測定する。


 続いて。


 《基礎古代龍魔法》


 改良前の古代術式を行使できるか。

 効率も威力も劣るが、

 理解度と構造把握力が如実に出る。


 発動できるだけでも高評価。

 古代龍文字を用いた改良なら、加点。


 さらに。


 《詠唱時間測定》


 短詠唱と長詠唱。

 反応速度と威力の変化を比較する。


 早さを取るか、威力を取るか。

 両立できれば、高評価。


 最後に。


 《応用即興行使》


 半完成の龍魔法陣を提示。

 残りを即興で補完し、完成させる。


 改造、改変は自由。

 成立すれば、内容次第で加点。


 説明が終わる。


 昴龍は、無表情のまま前を見ていた。


 その横で、龍華が小さく息を吸う。


 「ね、兄さん」


 声を落として呼びかける。


 「一緒に……主席、取りましょう」


 言い切りだった。

 冗談でも、願望でもない。


 昴龍は、すぐには反応しなかった。

 数拍置いてから、淡々と答える。


 「……俺の能力、分かって言ってるのか」


 龍華は即座に頷く。


 「誰よりも知ってる」


 「なら、なおさらだ」


 昴龍は視線を前に向けたまま、言葉を継ぐ。


 「最大限やっても、せいぜい落第しない程度だ」


 空気が、わずかに軋んだ。


 「……それ、本気で言ってる?」


 龍華の声が、低くなる。


 「なんで、そんな言い方するの」


 抑え込んでいた感情が、滲み出る。

 龍気が揺れ、足元の床に淡い霜が走った。


 言葉が詰まり、拳が握られる。


 「“それまで”で済ませられるわけ、ないじゃん」


 「卑下しないで」


 龍華は、一歩踏み込む。


 昴龍は、そのとき初めて彼女を見た。


 「私は、信じてる」


 龍華は、逃げずに言った。


 「兄さんなら出来るって。

 出来ないまま終わる人じゃないって」


 昴龍は、答えなかった。


 ――答えられなかった。



 









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昴龍と龍華: 破滅と再生の誓い @kimaguresakka2265

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