第四話 静かな間


 廊下を進みながら、昴龍は肩の力がわずかに抜けていくのを感じていた。


 評価はまだだが筆記試験は終わった。


 「次、どこ集合なんだろ」


 龍華が受験票の案内を見ながら言う。


 「多目的室らしいな」


 人の流れに沿って歩く。

 同じ教室だった者たちが、自然と同じ方向へ向かっている。


 開けた空間に出た。


 天井の高い、講堂のような場所。

 壇上には試験官が数名立ち、受験者を見下ろしている。


 簡単な説明だけが行われた。


 実技試験は、これから。

 内容の詳細は、各グループの開始時に伝達される。

 筆記試験時の教室単位が、そのまま一グループになる。


 順番が来るまでは待機。

 講堂に併設された食堂を利用してよい。

 持参した食事を取っても構わない。


 それだけだ。


 説明が終わると、場は一気に緩んだ。

 受験者たちは思い思いに散っていく。


 食堂へ向かう者。

 廊下で問題を振り返る者。

 壁際に座り、目を閉じて瞑想を始める者。


 「……兄さん」


 龍華が、少し得意げな声で言った。


 昴龍が振り向くと、

 彼女は鞄から小さな包みを取り出している。


 「弁当?」


 「内緒」


 「……いつの間に」


 「朝」


 答えはそれだけだった。


 空いている席を探し、二人並んで腰を下ろす。

 人の視線はあるが、特別注目されるほどではない。


 包みを開くと、

 白米と、簡素なおかず。

 朝と同じ、落ち着く味。


 「食べなきゃもったないよ」


 「分かってる」


 箸を取った、そのとき。


 「……あの」


 柔らかい声が、横からかかった。


 顔を上げると、少女が立っている。

 穏やかな微笑。

 淡い色の髪が、光を受けて揺れていた。


 「そこ、空いてますか?」


 昴龍は一瞬だけ間を置き、頷く。


 「どうぞ」


 少女は礼を言い、席に着いた。

 配置は自然に決まる。


 昴龍の隣に、龍華。

 向かいの席に、少女。


 「ありがとう。助かりました」


 そう言って、少女は軽く頭を下げる。


 「天音 燈(あまね とう)です」


 名乗り方は控えめだったが、

 その場の空気が、わずかに整う。


 龍華が、先に名乗った。


 「紅月龍華です」


 昴龍も続く。


 「……紅月昴龍」


 「紅月……」


 天音は、その姓を繰り返し、

 何も含ませずに微笑んだ。


 「よろしくお願いします。お二人とも」


 視線は柔らかい。

 警戒も、探りもない。


 食堂のざわめきの中で、

 三人は同じ卓を囲んでいる。


 実技試験は、まだ先だ。


 今はただ、

 静かな時間が流れていた。

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