第三話 仮面の中で


 龍族組合の建物が近づくにつれ、街の気配が薄れていった。


 人通りが、減る。

 声が、途切れる。

 信号は動いているのに、横断する者がいない。


 「……人、いなくなったね」


 龍華が周囲を見回す。


 「方陣だな」


 昴龍は短く答えた。


 隠匿用の結界。

 一般人は、無意識のうちに進路を変えさせられる。

 異常だと気づく前に、関心そのものを逸らされる。


 入口をくぐる。


 空気が変わる。

 わずかに重く、張りつめる。


 ロビーの壁一面に、部屋番号が掲示されていた。

 紙ではなく、術式で浮かび上がる文字列。


 その前には、すでに大勢の受験者が集まっている。

 年齢も、雰囲気も、ばらばら。

 龍族、人との混血、限りなく人に近い者。


 皆、自分の番号を探していた。


 昴龍は懐から受験票を取り出す。

 事前に自宅へ届けられていたものだ。


 番号を確認し、掲示板へ目を走らせる。


 「……あ」


 龍華が声を漏らした。


 「同じ?」


 「うん。兄さんも?」


 昴龍は無言で頷く。


 偶然にしては、出来すぎている。


 二人は並んで教室へ向かった。


 室内は、想像より普通だった。

 長机、椅子、白い壁。


 だが床と天井には、

 不正防止のための複雑な術式が刻まれている。


 着席すると、試験官が前に立った。


 「これより、入学試験・筆記試験を開始する」


 合図と同時に、用紙が配られる。


 内容は、予想通りだった。


 歴史。

 龍族社会の法体系。

 基礎的な龍言の読解。

 人間界との境界規則。


 昴龍は淡々と解いていく。

 難易度は高いが、理不尽ではない。


 龍華のペンも、止まらなかった。


 時間が流れ、

 終了の合図が鳴る。


 「筆記試験、終了。用紙を置いてください」


 一斉に、音が止んだ。


 教室を出ると、張りつめていた空気が、わずかに緩む。


 「どうだった?」


 龍華が聞く。


 「普通」


 「普通って……」


 「難しいけど、想定内」


 龍華は少し考えてから、頷いた。


 「私も。意地悪な問題は少なかった」


 廊下を歩きながら、そんな会話を交わす。


 試験の話。

 設問の傾向。

 点数の予想。


 どこにでもいる受験生みたいな、会話。


 だが――

 その並びは、本来あり得ないものだった。


 片方は、次期頭首。

 もう片方は、元・次期頭首候補。


 身分は変わった。

 立場も、背負うものも。


 それでも、

 ここではただの受験生として並んでいる。


 ――妹を、守れるのか。


 昴龍は胸の奥に残る不安を、

 意識の底へ、静かに沈めた。

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