王の手記(一部)


――第◯◯年 ◯月


今朝、鏡を見て白髪を数えた。

増えている。確実に。


父も、祖父も、この年齢では同じだった。

王冠は受け継げても、肉体は受け継げない。


民は安定を求める。

私はそれを与えている。

税は抑え、穀倉は満ち、兵は規律を保っている。

それでも時折、彼らの視線の奥に「次」を見る。


彼らは私ではなく、次の王を見ている。


――第◯◯年 ◯月


学者たちはよく働く。

雷をまとう獣の骨、異国の霊薬、寿命を延ばす秘薬。

どれも「どこかに存在する可能性はある」と言うが、誰一人として断言しない。


断言できない者に、未来を委ねるわけにはいかない。


私は待つために王になったのではない。


――第◯◯年 ◯月


南の空が裂けた。


現地からの報告を読んだ。

鱗、熱、金属のような内部音。

――龍。


壁画の中の存在が、血を流していた。


私は恐怖を感じなかった。

安堵した。


「存在する」

それだけで、研究対象になる。


――同日 夜


兵たちは不安を口にする。

天の裁きだと。


もし裁きであるならば、なぜ死にかけている。

なぜ私は死んでいない。

なぜ、解明できる。


神とは、扱えないもののことだ。

扱えるのなら、それは神ではない。


――第◯◯年 ◯月


龍の死骸を回収した。


医士は首を振り、僧は祈り、

兵は目を逸らした。


私は触れた。

冷えていく鱗に、まだ熱が残っていた。

――死は、完全ではない。


この熱が、命ならば。

この構造が、永続ならば。


私は死ぬ必要がない。


――第◯◯年 ◯月


龍の血を希釈し、家畜に投与した。

結果は即座に現れた。


歯は牙に変わり、

性質は周囲すべてに牙を向けるものへと変質した。

筋肉と肉の付き方は、もはや家畜のそれではなかった。


問題は持続時間だ。

数刻後、皮膚は乾き、関節は硬直し、歯が抜け落ちた。

まるで、急速な老化が始まったかのようだった。

最後は眠るように死んだ。


延命ではない。

前借りだ。

借り手が壊れるだけの。


――第◯◯年 ◯月


囚人で試した。


頭部に瘤状の骨が突き出し、角のような器官が形成された。

彼らは剣を素手で受け止め、

壁を蹴り砕き、

十人分の重さを引きずった。


だが、強さと引き換えに、時間が削られる。

血を飲んだ量が多い者ほど、老いは早い。


「神の力を借りた罰」

学者はそう言った。


違う。

構造の問題だ。


――第◯◯年 ◯月


私はまだ飲んでいない。


理由は単純だ。

私が試作品になる必要はない。


短期間だけ神になるなど、愚か者のやることだ。

私は“次”を見ている。


老いて死ぬなら、

老いを止めればいい。


――私的記録


それでも、想像する。


血が喉を焼き、

世界が遅くなり、

剣先が止まって見える感覚を。


――余白の書き込み(筆圧が強い)


老いは「結果」だ。

原因がある。


原因を殺せば、

神は人のものになる。

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