第11話 カフェ

#11カフェ


事件の翌日。


幸は、予備校のすぐ近くにあるカフェに立ち寄っていた。


入口をくぐると、小綺麗でガランと空いた店内が迎えてくる。


「お好きな席にどうぞ」


幸は店員の案内に従い、視線を横に向けると──驚くべき二人組を発見した。


大きな一枚窓のそばに並んでいる四つのテーブル席。そのひとつに──


『例の警備員』、そして『雅 有珠』が向かいあって座っていた。



(──まだ、こちらに気づいていない…)


急いで、死角になる席へと滑り込む。


ソファに腰を下ろすと、幸は仕切りの上からゆっくりと顔を出した。


──二人は会話を続けている。


幸は、マイクを向けた状態のスマホを仕切りの上にそっと置く。


録音しておき、後から音量を上げて会話を盗み聞きするつもりだ。


(…大丈夫。植物がカモフラージュになっているはず…)


また幸は、『何も頼まないのは変だ』と、待っている間に小声でメニューを注文する。


──しばらくして、再び様子を窺うと、二人は話を終えているようだった。


幸は、さっそくイヤホンを耳にはめて録音を聴いてみた。


「うおっ!」


音量を大きく設定しすぎたらしい。


一瞬、驚きが漏れてしまう。


静かな店内には、やや響く声だ。


それでも幸は、二人が気づいていないと判断して、録音に集中した。


雑音に混じって、会話が聴こえてくる。


『なるほど……あな…、ラ…バル予備校から…スパイを頼まれて…その…だわ』


『これ…見事だ…それで…』


「──スパイ?」


思わず声に出してしまう。


想像していたより、ずっとヤバイ話のようだ。


──不意に、幸の頭上に影がかかった。


注文したメニューが届いたのかと、幸は視線を上げる。


だが、そこにいたのは店員ではなく──


なんと、あの“警備員”だった…。



「盗み聞きとは、よくないね?」


そう言って、老人は幸の隣に腰を下ろす。


同時に、テーブルの反対側で椅子を引く音がする。


幸が目を向けると、有珠が向かいの椅子に座ろうとしていた。


幸は二人から距離を取ろうと、ソファの端に縮こまってしまう。


…子供と老人だというのに、どうしてこんなにも威圧感があるのだろうか。


前と横からの視線が幸の身体を強くこわばらせた。


──それでも、彼は勇気を振り絞り、目の前の少女に尋ねる。


「…この人、例の警備員だろ…? クビになったはずなのに、なんで一緒にいるんだ…?」


有珠は、その質問を無視するように言う。


「…あなた、どこまで聞いてたの?」


こちらの質問に答えてくれ……、そう思ったが、幸は仕方なく答える。


「この人が、“ライバル予備校のスパイ”だってとこまで……」


「そう…なら都合が良いわ」


彼女の返答は予想外だった。

…しかし、肝心のことは語られていない。


幸は、思わず立ち上がりそうになりながら、聞いた。


「それよりも! これは…どういうことなんだよ」


……その言葉に、少女と老人は一瞬だけ目配せをしたようだった。

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天才少女『Gauss』 @1o27

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