第8話 可能性
#8可能性
その警備員──二階 堂十郎は、穏やかで年季のこもった声で口を開いた。
「お嬢ちゃん。私が怪しく思えるのは分かるがね。そこの先生が言ったように、時間を偽装するだけなら、わざわざゆっくり動く必要はないはずだよ。
その音は、空調か何かの聞き間違えじゃないかな?」
有珠は、即座に否定した。
「いいえ。聞き間違いではありません。それに、ゆっくり動く必要性は、ちゃんとあります」
彼女は、指を折りながら説明を始めた。
「まず第一に──録画を途中で切り替えると、ノイズが発生します。
それが違和感になる。……まあ、画質の荒いブラウン管なら、ごまかせるかもしれませんが」
そう言って、有珠は古びたテレビに目を向けた。
「第二に──時間に齟齬が生じます。
つぎはぎの録画では、通常モードと倍速モードのどちらでも、再生時の録画時間が極端に短くなったり、長くなったりします」
教師は、映像を確認する際、画面に映る既定の06:00:00という数字を、警備員から確認させられたのを思い出す。
──そして、あれは倍速モードでの再生時間表示を見せられたのだと気づいた。
有珠は、さらに続けた。
「第三に──そもそも、普段から倍速モードで録画していて。“テープの速度を速めて見せる”…というのは、保管室を出た後から思いついた可能性です」
聞いていたギャル風の女子生徒が、疑問を投げかける。
「でもさ、わざわざゆっくり動くなんて、そのトリックを使うって決めてからじゃないと、できないだろ?」
有珠は、静かに答えた。
「やましいことをする人間が、慎重に、ゆっくりと行動するのは、むしろ自然なことよ。……それこそ、三分の一くらいのスローモーションで、ね」
その言葉が落ちると、場は静まり返った。
誰もが、有珠の次の言葉を待っていた。
彼女は、ゆっくりと警備員の方へ向き直る。
「堂十郎さん。どちらにせよ、テープと機材を調べれば、すべてわかることです。
……どうして、こんなことを?」
その問いは、責めるでもなく、突き放すでもなく──
ただ、真実を求める声だった。
二階は、しばらく黙っていた。
その姿は、まるで長い年月を背負った影のように、静かにそこに立ち尽くしていた。
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