第4話 謎かけ

#4謎かけ


会話が気まずく途切れたことを感じた幸は、場の空気を和ませようと、ふと思いついた謎かけを口にした。


「とある事情で、Bから追われているAが、山道を車で逃げていた。

ちなみにBも同じ車種に乗ってる。

すると、二本に分かれた坂道に差し掛かった。

どちらも先で合流する道だから、右でも左でも、坂の下の同じ地点に着く。

Aは右の道、Bは左の道に入った。

Aは“しめた”と思った。地元の人から、右の道が最短だって聞いてたから。

実際、目的地までは一直線だった。

でも──Bに先回りされてた。さて、なぜだと思う?」


有珠は、あきれたように小さくため息をついた。


「問題として成立してない。回答が無数にある」


幸は肩をすくめて笑った。


「無数の答えの中の一つが、俺の頭にある。それを当てるゲームだよ」


有珠は乗り気ではなさそうに、少し考えてから答えた。


「……道が整備されていなかった」


「はずれ」


「信号の数が多かった」


「はずれ。答え、聞きたい?」


有珠は無言でうなずいた。


幸は軽く咳払いをして、少しだけ溜めを作ってから言った。


「正解は──Bの通った道はジェットコースターみたいに急坂になってて、その分、最短だけど直線のAの道よりも加速してたから、でした」


それは幸にとって、ただの冗談だった。バカバカしい答えで、有珠の失笑を引き出すつもりだった。


だが、有珠は至って真面目な顔で言った。


「……ああ、なるほど。最速降下曲線。まあ、これといって捻りはないし、知識に寄ってるけど、納得はできたわ」


「最速……降下?」


幸は眉をひそめた。


有珠は、幸の表情を見て、少し驚いたように尋ねる。


「ねえ……もしかして、最速降下曲線を知らないで、その問題を出したの?」


「え、まあ、そうだけど……その最速降下曲線って、なに?」


有珠は、あきれたように目を細めた。


「じゃあ、どうやって、直線よりジェットコースター形状の方が速いって導いたの?」


幸は、よくわからないとも言いたげに答える。


「え、うーん……ジェットコースターに使われてる形状だから? あと、速そうだし」


有珠は、少しだけ間を置いて言った。


「……それで、なぜ曲線の方が速いか、論理的に説明できる? 直感じゃなくて」


その言葉に、幸は言葉を失った。


たしかに、自分は“速そう”という感覚だけで答えを作っていた。論理的な裏付けなど、まったくなかった。


有珠の視線は、幸の沈黙を見透かすように静かだった。


…結局、この日、幸は有珠から軽い失望を買うことになった。


そして、予備校が閉まる時間となり、年配の警備員に促されるまま、二人はそれぞれの帰路についた。


──まさか翌日、あんな事態に巻き込まれるとは知らぬまま。


***


翌日、予備校の一室に六人が集まっていた。


いや、正確には──四人は「集められた」と言うべきか。


その四人とは、幸、有珠、ギャルっぽい化粧の女子生徒、そして日焼けしたスポーツタイプの男子生徒。いずれも予備校に通う生徒たちだ。


残る二人は、物理を担当する教師と、昨夜も見かけた老警備員だった。


教師が口を開く。


「まずは、これを見てほしい」


そう言って、古びたブラウン管テレビの電源を入れる。


画面には、白黒の映像が映し出された。防犯カメラの記録らしい。


映っているのは、予備校の一室。書類が積まれた机や、壁際の棚が見える。倉庫のような雰囲気だ。


出入り口は映っていない。いや、正確には──戸棚の向こうに隠れているらしい。


ふいに、映像内から音が鳴った。


──ガチャ…トットッ…ガサガサ…ガサガサ…トットッ…ガチャン。


扉が開く音、足音、何かを物色する気配、そして扉が閉まる音。


一連の音は、およそ一分ほど続いた。


教師が説明を加える。


「この部屋の出入り口は、戸棚に挟まれて出来た、短い通路の内側にあります。そこから顔を出せば、カメラに映ってしまう。だから、音だけが記録されているんです」


幸は、なるほどと頷いた。


確かに、映像の死角を利用すれば、姿を見せずに侵入することは可能だ。


ギャル風の女子が、眉をひそめて尋ねる。


「で、これって何の映像?」


教師は静かに答えた。


「これは、回答保管用の部屋です。昨晩の二十二時までは、特に異常はありませんでした。

ですが──今朝、部屋が荒らされているのが発覚しました。そして、今見せた映像は、二十二時三十分の記録です」


教師が「ね?」と視線を送ると、警備員が穏やかに頷いた。


「はい。間違いありません」


そう言って、ビデオデッキからVHSテープを取り出す。


「いまどきVHSかよ……」


ギャル風の女子が小声で呟いたのが、幸の耳に届いた。


教師は続ける。


「このあと、この部屋に入った記録はありません。つまり──最後に記録されたこの人物こそが、犯人です」


そして、ゆっくりと視線を巡らせる。


「そして、ここに集まってもらった皆さんは、ちょうどその時刻まで予備校に残っていた、数少ない生徒たち……というわけです」


室内に、重たい沈黙が落ちた。


幸は、隣に座る有珠の横顔をちらりと見た。


彼女の表情は、いつも通り無表情だったが──その瞳の奥に、何かが静かに動いているように見えた。

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