第5話 ドアノブ
#5ドアノブ
教師が静かに言った。
「正直に言ってくれれば、警察沙汰にせずに済みます。“自分がやった”と思う人は、手を挙げてください」
沈黙が落ちた。
誰も手を挙げない。
その空気の中で、幸が口を開いた。
「なぜ、最後に映っていた人物が犯人だと?」
教師は、少しだけ眉を動かして答える。
「保管室の棚は、ひどい状態でした。もし犯人でない人間が入ったのなら、すぐに誰かに知らせるはずです。それに、防犯カメラには、紙を漁るような音も入っていました」
──なるほど。確かにその通りだ。
それに、生徒を疑うのも理にかなっている。
成績に関わるメリットがあるのは、生徒側なのだから。
つまり、犯人はもう、ある程度絞り込まれている。
そう思った瞬間、幸はさらに尋ねた。
「指紋は取りましたか?」
教師は首を振る。
「いえ。まだ取っていません」
それを聞いた幸は、すぐに提案した。
「容疑者が少ないなら、不特定多数の指紋が検出されたとしても、絞り込みには有効です」
教師と警備員は顔を見合わせ、うなずいた。
結局、幸が持参していた指紋採取キットを使い、ドアノブの指紋を採取することになった。
ノブは思ったよりも綺麗だった。
検出された指紋は、わずか三つ。
一つ目は、内側だけに残された指紋。
おそらく清掃員のものだろう。
コロナ禍以降、手の触れる箇所を拭く習慣が根づいている。行きと帰り、それぞれでノブを拭いたのだろう。
二つ目は、教師の指紋。
これは、今朝ついたものと考えられた。
ドアを開けただけで、部屋の中には入っていないらしく、外側にしか残っていなかった。
そして──三つ目。
ノブの両側に残された指紋。
それが、隣で顔を青ざめさせている男子生徒のものと一致した。
「自分じゃない! 俺はやってない!」
男子生徒は、声を震わせながら叫んだ。
だが、その場にいた誰もが、彼の犯行だと確信していた。
教師が溜息をつきながら、彼の手を取ろうとした──その瞬間だった。
「先生……その人は、やっていないと思うわ」
雅 有珠が、静かにそう言った。
その声は、誰よりも冷静で、誰よりも確信に満ちていた。
室内の空気が、一瞬で変わった。
教師の手が止まり、全員の視線が、有珠に向けられる。
幸は、彼女の横顔を見つめながら思った。
──この子は、何を見て、何を知っているんだ?
そして、次の瞬間。
有珠は、ゆっくりと立ち上がった。
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