第3話 自粛期間の自己対話

 私を含めほとんどの人にとって、コロナは予想していなかった存在だと思う。

 授業はオンラインになり、アルバイトをするのもやめ、私は引きこもって過ごすようになった。

 引きこもるのは嫌いじゃない。というか、好きだ。

 好きな小説を改めて1巻から読んでみたり、好きなアニメを1話から見たり、気になっていたミュージカルのDVDを買ったりした。

 人と会わない時間は、見た目に対するコンプレックスを感じることが減った。


 そんなコロナが、少しだけ落ち着いてきた頃。

 私はメイドカフェにハマった。


 以前から興味はあったのだ。そしてたちまち、私はメイドカフェに夢中になった。『可愛い』女の子が、笑顔で私と喋ってくれる。すごく楽しかった。

 それどころか、『可愛い』女の子が私のことを『可愛い』と言ってくれて、リップサービスだと分かっていても幸せだった。


 そして私は改めて思った。やっぱり『可愛い』には価値がある。

 だって私は『可愛い』女の子に会うために予定を調整し、お金を用意し、身なりを整えて出かけていた。手間と時間をかけたのは、『可愛い』に価値があるからだ。


 価値がある存在になりたいと思うのは、自然なことではないだろうか。


 とはいえ私は、ルッキズムに執着すれば破滅を招く、とも感じていた。

 インターネットを見れば、容姿に執着しすぎた故に、いろんなものを失った人の話はいくらでも出てくる。

『可愛い』を得ることを最優先に生きた結果、私にはなにが残るだろう。そこに、私が本当に欲しいものはあるだろうか。


 ―――ない。


 それが私の答えだった。

 1話でも書いた通り、私は『可愛い』女の子が好きなだけで、アイドルになりたいわけでも、『可愛い』を売って生きていきたいわけでもなかった。


 私の夢はずっと、作家になることだった。

 たくさん小説を書いて、大勢に自分の作品を愛してもらえるような、素敵な作家になること。


 結局のところ、私の人生の最大目標はそれだ。

 コロナという引きこもり期間に何度も自分自身と対話をし、改めて当たり前のことを確認できた。


 そう思えてから、私のコンプレックスはまた少し薄くなった。

 私が一番欲しいものは『可愛い』ではないのだから、それほど執着する必要はないのだ、と思えるようになったのだ。

 代わりに作家になれていない、受賞できていないということに対するコンプレックスは日に日に増大することになるのだが、それはまた別の話である。


 そして私は、『可愛い』女の子を書こう! と思った。『可愛い』女の子を書くのは楽しい。

 自分が思う『可愛い』をたくさん詰め込んだ女の子を小説という形で表現することは、私にとって大きな幸せの一つだった。


 そうこうしているうちに、コロナの自粛期間が終わった。

 再び外に出るようになれば、他人からの目に晒される機会も増える。


 でも、強迫観念めいた『私は可愛くない』というコンプレックスが薄れると、世間は思っていたよりも優しかった。

『ブス』、なんて直接言ってくる人はいない。私が勝手に、男の人はみんな、私と話す時に『ブス』と思っているんじゃないか、なんて怯えていただけだった。

 お世辞かもしれないけれど、人に『可愛い』と言ってもらえることもあるし、ちゃんと女の子扱いだってしてもらえた。

 もちろん、人の心の中なんて分からない。実は『ブス』だと思われているのかもしれない。


 だけどそんなの、考えても意味なくない?


 単純な結論に、私はようやくたどり着いた。人の心の内なんて、見透かせるわけがない。

 考えたって、私が辛くなるだけだ。

 私がそう結論づけられたのは、私の心が健全さを取り戻しつつあったからだろう。

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